《僕の前世が魔でしかも不死鳥だった件》不死鳥の決意

どうなるかなんて、分かりきっていた。

僕が不死鳥だと打ち明けることがどういうことなのか、なんてことは。

は天使の敵であり、魔と魔も種族が違えば敵にしかならない。

つまり、そういうことだ。

「うそ、夕月………」

だが分かりきっていたその最悪の未來は起こらなかった。

「…………どう、して、どうして、どうして!?」

を繰り返しながら、優希姫は逃亡という選択を取った。

その間に、姫剎の気配もいつの間にか消えていた。

戦いは終わった。

そう、全て終わった。

僕の生きていた、この日常と共に。

翌日の朝は、これまでにないくらいに起きるのが憂鬱だった。

元より睡眠を必要としないはずの僕が、ここまで寢床からきたくないと思ったのは始めてだ。

昨夜、あの後のことはあまり覚えていない。どうやって家に帰ってきたのか、どうやって寢床についたのか。

ボンヤリとした意識の中で、フラフラとした足取りで、何を思っていたのか、何をじていたのか、今この瞬間も分からない。

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覚悟していたはずだった。

覚悟していたはずなのに。

あのとき、僕は自分が飛び出したことを後悔しそうになっていて。

そんな自分にも嫌気がさしてくる。

終わった。

終わったんだ。

僕のあの大切だった日常は。

だって仕方ないだろ。仕方なかったんだよ。

他にどうしようもなかったんだ。どうすればいいのか分からなかったんだ。

後から後悔しても、もう遅いっていうのに。何で今になってこんな、こんなにもあの瞬間が頭に過(よぎ)る。

あの、二人の間に飛び出した瞬間を。

あの、悲痛な二人のび聲を。

あの、姫剎の呆然とした姿を。

あの、優希姫が僕を見て絶した表を。

目を閉じれば悪夢のように、その瞬間が鮮明に頭を揺らしてくる。

後悔先に立たず、か。

本當に昔の人たちは良く出來た言葉を殘したもんだな。

自分の愚かさに、もはや自的な笑いさえ出てくる。

もういっそ、このまま逃げてしまおうか。

どうせ、僕の大事な日々は、終わってしまったんだから。

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全てを捨てて、また一人であの空の世界に。

そんな投げやりなことを考えたときだった。

コンコン、と僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「お兄ちゃん、朝だよ? もしかして合悪い?」

峰月の聲だ。

どうやら起こしに來てくれたらしい。

ここ最近、というか今まで僕が寢坊したことなんて一度もなかったから、調を悪くしてると思ったようだ。

この世界に生まれてから一度も調不良を起こしていない僕だが、確かに今のこの狀態は合が悪いと言うべきだろうな。

もう返事を返すのも億劫だった。

心配させてしまったことは申し訳ないが、今はそこまで気を回す余裕もない。

「夕月? 大丈夫なの?」

母さんもそこにいるようだ。

いつもなら気配で誰がいるのかなんてすぐに分かったのに、今の僕は本當に弱っているらしい。

「夕月、るわよ?」

ガチャリ、と扉が開く音がする。

だが僕はいまだにベッドの上でうずくまったまま。

「どうしたの、夕月? 本當に大丈夫?」

「母さん………」

母さんは橫になる僕のひたいに手を當てる。

「熱はないみたいだけど……」

「お兄ちゃん、どこか痛いの?」

流石に答えない訳にはいかない、か。

「別に………どこも、悪くないよ」

気分は最悪、だけどな………。

「ただ、今日は學校、休みたいんだけど………」

「そう、學校には母さんが連絡しておくから、もう寢てなさい」

「うん、ごめん……」

始めてだな、學校休むなんて。

昔から面倒だとは思っていたけど、実際に行かなかったことは一度もなかった。

それに、母さんたちにもかなり心配掛けたみたいだ。

二人の表に、僕は申し訳ない気持ちが滲み出てくる。

けないな。

太古の時代から伝説の生と言われてきた者の姿とは思えない。

「あ、お母さん。お兄ちゃん心配だけど、今日は日直だから私もう學校行くね」

「ええ、いってらっしゃい」

峰月が出て行ってからも、母さんはそこにいた。

いつもなら仕事に行く時間のはずだが、よっぽど心配させてしまったのだろうか。いくらなんでも仕事を休ませてしまうのは申し訳ないどころではない。

「あの、母さん………」

「夕月、もしかして優希姫ちゃんと喧嘩でもしたの?」

僕が何かを言う前に、母さんがいきなり核心をついてきた。

んな本を読んで、んな話を見てきたが、多くの話に出てくる母親という存在は、大概が子供のことを一番に考えてくれていて、子供たちのことを一番よく見てくれている。

どうやら僕のことも、母さんには全てお見通しらしい。

僕の唯一の友達だった優希姫のことも、母さんは知っている。何度か家に遊びに來ていたから対面もしていたし、當然と言えば當然だ。

仲が良いのは傍から見ても分かっただろう。

そしてそれを、母さんが嬉しそうに見ていたのも、僕は知っている。

「ちょっと、ね。喧嘩というか、すれ違いというか。正直、今は會いたくない気分かな」

だから素直に観念して、僕はを言葉にして出した。口にしないと、今にも自分の中の何かが壊れてしまいそうだったから。

「そう……」

母さんはそれで察してくれたらしい。

そのまま出て行くものだと思ったが、

「夕月は、どうしたいの?」

息が止まりそうになるような質問が飛んできた。

「どう、って………」

一瞬、何を言えばいいのか分からなくなって言葉に詰まる。

母さんは、僕と優希姫、そして姫剎の間にあったことを正確に理解している訳ではない。ただの喧嘩、すれ違いと言った僕の言葉をそのままけ取ってのこの質問だ。

実際の狀況を知っていたとしたら、こんなことはまず言えないだろう。

僕が不死鳥だとか、優希姫が天使だとか、姫剎が吸鬼だとか、そういう話じゃなくて、もう終わってしまった関係に、今さらどうしたいもないからだ。

どうもこうも、どうにもならない。

「どうしようもないって、顔してるわね」

ああ、そうだろうな。だって、本當にどうしようもないんだから。そんな顔してて當たり前だ。

「でもね、夕月………」

母さんは言う。

「夕月は、それで、そのままで良いの?」

それは、奇しくも昨夜の僕と同じ疑問だった。

それで良いのか、と。

良いわけないだろ、と。

そう答えた昨夜の僕。そして結果がこの様だ。

「どうにかしようとしたよ。けどダメなんだ。ダメだったんだ。どうにも、ならなかったんだ………」

気付けば、僕は泣いていた。

涙を流すなんて、悲しみに心を痛めるなんて、何億年も生きていて始めてのことだ。

僕は、こんなにも脆かったのか。

「それで、諦めちゃうの?」

歯を食い縛り涙する僕に、母さんの質問は続く。

「優希姫ちゃんとの関係を、このまま終わらせちゃっても良いの?」

良いわけない! 良いわけないんだよ!

でも、僕には………、

「母さんね、後悔してるのよ。昔、夕月とちゃんと向き合おうとしなかったこと」

唐突に、母さんがそんなことを言い出した。

「母さん、昔は夕月のことが怖かったの。小さい頃から、何だか大人みたいで、母さんたちのことも視界にってないみたいで、親としてどう接して良いのか分からなくなっちゃってね……」

それは、母さんたちが悪かったんじゃない。

僕が分かってなかっただけだ。

「優希姫ちゃんと知り合ってから、夕月は変わっていったわよね。あのとき母さんたちが優希姫ちゃんみたいに、夕月とちゃんと向き合ってたら、もっと早くに夕月と楽しく話せたり、ご飯を食べたり出來たんじゃないかって、大事な思い出をもっといっぱい作れたんじゃないかって、今は思うのよ」

ああ、今の日々の全ては赤城優希姫との出會いから始まった。

優希姫がいたから、こうして家族とも話せるようになって。

優希姫がいたから、んなを得ることが出來て。

優希姫がいたから、姫剎と知り合う切っ掛けを摑めて。

優希姫がいたから、今の日常を大切に思えるようになって。

優希姫がいたから、今こうして涙を流している。

「だからね。夕月にはそんな思いしてほしくないの。優希姫ちゃんとの関係を終わらせずに、最後まで一杯繋ぎ止めてほしい。夕月を変えてくれた、母さんたち家族を変えてくれた娘との、大事な繋がりをね」

もう僕が流していたのは、悲しみの涙じゃなかった。

「夕月が優希姫ちゃんの傍にいたいと思うなら諦めないで、本當に最後の最後まで……」

―――君が離れていかない限り、僕は一緒にいるつもりだから……。

ああ、そうだ。僕は優希姫にそう言ったんだ。

「母さん………」

にあったはずの痛みは、溫もりに変わっていた。

「ありがとう……」

自然と、僕はを起こしていた。

後悔はあるが、もう迷いはない。

いや、このままにしていたら、今よりももっと後悔しそうだ。

やるべきことは、どうしたいかは、決まった。いや、すでに決まっていたのにき出せなかっただけだ。

曇りは晴れた。

くことにも、すでに躊躇いはない。

僕は、優希姫と一緒にいたい。

優希姫と、姫剎と、過ごしていく日々をずっと続けていたい。

例え、それが葉わないんだとしても。

最後の最後までやるだけのことはやってやる。

何もしないまま、これ以上後悔しないために。

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