《異能があれば幸せとか言ったヤツ誰ですか??》廃妄

「これから彼の能力を使って『君の記憶を消す』のだよ」

「……………………へ?」

突然言われたその言葉にコウジは嘆のあまり素っ頓狂な聲が出てしまった。

「いやいやいや!!待ってくださいよ!いきなり『記憶を消す』ってどういうことですか!!」

転校した直後に記憶を消すなんて唐突すぎるし、理由が不明瞭だ。記憶が全て無くなってしまえば、また能力を不隨意に行使してしまうかもしれないし、加えて基礎的な知識が無くなるため教育機関としては掛かる手間が増えるはずだ。

「おや、これはすまない。私の言い方が悪かったね。『君の記憶を消す』とは言ったが、それは君自の記憶のことではないよ。君と関わったことのある全ての人の記憶の中から君という存在のみを消すのだよ。端的に言うと、君を『いなかったこと』にするということだね」

篠崎が自の発言に補足を加えた。その為、コウジにも話が見えてきた。おそらくこの行為で、コウジの行方を追われないようにし、學園の存在をより隠匿なものにするのだろう。

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「そんなことができるんですか?」

「ああ、ただこの場合は消すことしかできないよ。思い出させるためには一人一人と手を繋いで能力を使わないといけないんだ」

つそして。と、學園長が続ける。

「君がこの行為に合意するのか否かを聞く義務が、私にはある。君という存在の記憶が消えてなくなるということが、どれだけ寂しいことかは、君にも想像できるはずだ。もし合意しないのなら、我が學園へ迎えれることは出來ない。君の記憶の中から我が學園の存在を消し、元の日常に戻ってもらう」

それは、人生の選択。それは、これからコウジが生きていく上で非常に大切な決斷になる。

もし合意すれば、もう二度と、家族の「おかえり」を聞くことは出來ない。

もう二度と、佐伯や佐藤と談笑することは出來ない。

もう二度と、あの街には戻れない。

もしかしたら、今引き返せば、みんな許してくれるかもしれない。

もしかしたら、今までの出來事全ては夢で、目を覚ましたらスミレと親父と朝食を摂り、佐伯と佐藤と三人で笑いながら帰路につけるかもしれない。そんな淡いifの話が脳裏をよぎる。

だが、コウジは見つめ直した。ここに至るまでの過去を。過失によって、學校の生徒を一人殺し、信じていた馴染には「バケモノ」と蔑まれ、友人には見捨てられ、家族には勘當され、馴染が許してくれると思ったら欺かれ、もう誰も信用できなくなってしまった。

あの街に、コウジの居場所はなかった。

あの街に、コウジの味方はいなかった。

あの街に、コウジの理解者はいなかった。

今のあの街には、コウジの敵しかいない。

「わかりました。俺の記憶を、俺という存在を、消してください」

コウジは篠崎へ強い眼差しを向け、そう言った。

「うむ、君はこれまで沢山苦しんだ。だが、その苦しみを糧に人を救おうと思えるのは立派な人間にしか出來ないことだ。年よ、を張れ。君のその決斷は沢山の命を救うことだろう」

篠崎は優しい聲で、コウジを激勵した。

「ありがとうございます……っ!」

死ななくてよかった。その思いがコウジのを満たした。もしも自殺していたのならこんなに優しくられ、こんなに強く背中を押してもらうことはできなかっただろう。

コウジは深々とお辭儀をし、その両目から涙が溢れ落ちるのを必死にこらえた。

「では、HUMMING。彼の存在を消してあげてくれ」

篠崎はHUMMINGに記憶の消去を託した。

「…………………わかった。」

HUMMINGは両手の掌をコウジに見せてきた。それに応じるようにコウジは屈んでHUMMINGの華奢な手をコウジはそっと握った。

「………………………………いくよ」

HUMMINGはそう言うと、目を瞑った。すると一瞬周囲が明滅したように見えた。見ると、HUMMINGの周りがうっすらと白くっており、髪も逆立っている。そして、チョーカーに付けられた仏の裝飾が赤に輝いた。よく見ると、それはただっているのではなかった。花の形の意匠がっており、そこかられるように瞬いていた。

すると、無重力空間にいるかのようにが軽くなっていった。確かに地面に足は著いているのに、まるで重さをじない。自分が風船にでもなったかのような覚。

「…………………んッ!!」

瞬間、HUMMINGは一気に力んだ。同時に、両手から高圧な電流でも流されたかのようにが痺れた。だが、その痺れはほんの一瞬で、悲鳴を上げるよりも前に痺れは消えていた。

すると、一瞬でが元の狀態に戻る。さっきまでが異常に軽くなっていたため、普段の自分の重さえとても重たくじる。心なしか眠気や倦怠さえある。コウジは思わずうずくまった。

「………………………おわったよ」

HUMMINGは小さな聲でそう呟いた。

「お疲れ様。終わってから暫くは倦怠が続くから、ゆっくり休みなさい」

篠崎はコウジの背中をさすりながらそう言った。そして立ち上がり、コウジへ手を差しべて言った。

「歓迎するよ、塚田コウジくん。これで君は立派な聖アニュッシュ學園の生徒だ。ここでの生活で君自の良き理解者を見つけてしい」

差しべられた篠崎の手を摑み、立ち上がると、コウジはどこか寂しげな、しかし清々しい表で頷いた。

「はい、よろしくお願いします」

その後、コウジは生徒手帳をけ取り、學園長室を後にした。

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