《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第15話 コール

渡部先生が足早に教室を去ってから間もなく、それは聞こえてきた。

「はあ、HRの後の僅かな休みが……」

「ホントマジ勘弁」

「アイツ浮き過ぎだろ。恰好も態度も」

「確実に孤立していくタイプだよな。俺解んだよなぁ、中學ん時いたもん」

私たちは教室の隅の方の席に在席しているのだが、隠すような素振りは一切なく、まるで彼に聞かせているかのように、こちらにまで聞こえるような聲で悪口を言っていた。

これは委員長として——というより人として許せない。捉え方によってはイジメとも思えるこの景に私は憤りをじずにはいられなかった。

私は冷靜さを欠いていたのだろう。気が付いた時には私は思い切り音を立てながら席を立ちあがり、みんなを諭していた。

「みんな、ちょっと酷いんじゃない? 彼はちゃんと皆に自分の過ちを謝ったし、彼の誠意に泥を塗るようなことをして楽しい? もうこの話は終わったんだよ?」

「何で委員長さんが怒ってんだ?」

「あれじゃない? 彼に脅されて人伝ひとづてに言わされてるんじゃない?」

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「可哀想に……。海野さんは被害者だってのに」

私の意見は景浦君の意志など微塵もってなどいない。

私が思うまま、ありのまま、在りたきままに、意見したのだ。

なのに彼らは私が山君に言わされているのだと、勝手に解釈し挙句それを信じて疑わなくなってしまった。

山君の影響力はSNS並みに凄まじい。

手前味噌ではあるけれど、私がこれまで幾度となくこういう事態に対して発言してきたのだが、みんな必ず私の意見に賛同しその場は丸く収まってきたのだ。

なのにこんなことは初めてである。

皆私の為に、私を庇うつもりで景浦君に対して罵聲を浴びせているのだと思うのだけれど、これでは端から見れば、イジメである。

言葉の暴力の押収である。

私はクラスメイトに対して言及を試みたけれど、皆聞く耳持たず彼に対する非難と罵聲の聲は広がるばかりであった。

「頭下げて謝るぐらい今時稚園児だって出來んだぞ!」

「なんつーか誠意がないんだよなぁ」

「土下座だろ、土・下・座!」

「そうだ、そうだ! 地に頭著けてこそ真の謝罪だ。俺たちの気も晴れるってもんよ」

「海野さん並びに俺ら全員にちゃんと落とし前つけろよぉ!」

「土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座! 土下座!」

ついにクラスから土下座コールが始まるまでに発展してしまった。

もう私の言葉は皆の耳には——屆かない。

ふと、隣の席にいる事の発端の張本人を一瞥いちべつしてみる。何と彼は皆の喚聲を聞き嫌気が差したのか耳を塞ぎながら機に突っ伏しており、まるで典型的なイジメられっ子のイジメられている狀態のいい見本のような狀況だった。

収まる気配のない男子生徒たちの喚聲。

それに怯えたり、驚いたり、煩わしそうにしたりする子生徒たち。

そして教室の隅の席でただただ言葉を失い立ち盡くす教室の長——私。

嗚呼、よくよく考えれば私が彼の名前を間違えて本名で呼ばなければこんな事態に発展しなかったのではないか。

私はひどく後悔した。私のたった一言が彼を——山君をこのような狀況まで追い詰めてしまった。

そう思うと私は斷腸の思いが込み上げてきた。

きっと景浦君は私を軽蔑しているだろう。

當然だ、そう思われるだけのことを私はしてしまったのだ。クラスメイトと仲良くするように促すはずが逆に事態を悪化させてしまい、今やクラスの除け者狀態である。があるのならそのまま埋まり続けたい気分。

そんな気分に浸りかけていると、教室の扉が勢いよく開かれ、先ほどまでの喧騒が一気に靜まり返り、クラスメイト全員が扉に注視していた。

「喧しい! もう既に他のクラスは授業中だ! 三年生にもなって場の弁え方も知らんのか!」

そこには一時間目の理科の授業の擔當教師である秤井はかりい先生が眉間に刻まれた皺を更に深くさせて立っていた。

秤井先生は四高校で生徒から恐れられている先生の一人であり、教師陣でも頭が上がらない人はなくない。

そんな鶴の一聲で今まで私の意見など聞こうともしなかった男子生徒たちは萎んだ風船のように気が抜けて黙り込んでしまった。

流石は四高校のの支配者——とでも言うべきか。私のような一委員長……いや、一生徒が及ぶところではない。

「海野クラス委員長、教師がいない間は君がしっかりしてもらえないかね。君ともあろう模範生が、これくらいの騒ぎ、直ぐに収めてもらわねば困る」

「はい、私の至らなさが故です。返す言葉も座いません。以後気をつけます」

私は素直に先生に謝った。いや、先生に意見をしようとする気は全くなかったのだけれど、秤井先生の場合は訳が違う。

一語でも言葉を発しようものなら、十なり百なり小言が返ってくるからである。そんな人に意見した日にはもう二度とそんなことをしようとは思わないし、思うこと自が愚考であり、愚見であり、詮無きことなのである。

「まあ、何が原因で騒いでいたかは授業終了後に訊くとして――そこの男子……!」

先生が教室の隅の方で機に突っ伏している山君に対して指を突き立て、靜かながらも激しい怒りをむき出しにしていた。

私も然り、クラスの大半の生徒が戦慄した。

「もう授業は始まっているのだぞ? そんなに寢たければ家に一度帰宅し眠気が覚めてから來るがいい……!」

すると彼は突然起き上がり、引いた椅子を戻すこともせず、機の橫に掛けていたアタッシュケースを手に取り、一言も発することもなく教室を出て行ってしまった。

「あっ! ちょっと……山田君――」

「よい! 放っておけ海野クラス委員長!」

「……!」

「諸君、常から言っていることだが、授業をける気が無いのならあの生徒同様に帰ってもらって結構だ。そんな相手に授業したところで私もやりがいなどじないし、けてもらいたくない」

と言い、先生は本當に山君を引き留めることなどせず、何事もなかったかのように授業を始めた。

そして山君もその後本當に帰ってしまったのか。

だが、結論から言うと、その日一度も彼の姿を學校で見ることはなかった。

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