《高校生である私が請け負うには重過ぎる》第25話 依頼者

現在時刻は午前七時前。空は雲一つない快晴。まだ春の風が僅かにじられる暖かな気溫。麗らかな太。こんな日に散歩に出掛けることが出來ればどんなに気持ちいいことか。

そんな他もないことを考えていれば、先ほどの悲しみもしは忘れられることも出來るかも知れない。

もうしこの覚に浸っていたい。

私はそう思いながら山くんと一緒にクライアント——依頼人の下へと向かっていた。

二丁目の空き地と言えば、あの日私と山くんが依頼の取引をした場所だった筈だ。

どうやら彼はそこを取引場所として指定したようだ。ここからは約五百メートルほど離れている。そう遠くない。

「アンタにとっては初めての依頼だ。気を引き締めて行くのだぞ」

「そんなにナーバスになることないんじゃない? 四高校の學生の依頼なんだから、大した事ないと思うよ?」

「大したことあった依頼を頼んできたのはどこの委員長さんだったかな?」

「うっ……! それはあなたが行かなくてもいいところに行って、犯さなくてもいい犯罪を犯したからでしょ! お願いだから今回はそんな無茶はしないで」

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「相手の依頼次第だな。とにかくまずは空き地に向かうぞ。向こうは既に待っている筈だ」

「ねえ山くん、電話の相手って誰だったの? 私もお手伝いするんだから教えてしいよ」

「男だったな……。言えるのはそれくらいだ。だが何処かで聞いたことのある聲だった」

電話の相手は男子。まあ、電話口から聞いて得られる報はそれくらいか。聞いたことのある聲だと言うことはなくとも私たちと同じ學年の生徒だと考えられる。

そんな話をしているに目的地に辿り著いた。そこには私服姿の男子が後ろ向きで棒立ちしていた。その男子が気配に気が付いたのか、此方を振り向く。

「ああ、來てくれましたか――ってお前は! 山田 ︎」

「ああ! 頭金くんじゃない!」

「ええ 海野さんじゃないっすか こいつはリアルにどういう事だ 」

突然現れた意外な人の意外な組み合わせに驚きの表を隠せずにいるこの男子は、私達と同じ三年一組に在席している頭金利益とうきんとしますくんだった。

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出席番號二十二番。長百七十五センチ。空手部所屬。

ツンツンした堅そうな髪質の髪型と特徴的な名前、そして肩幅が広くがっしりとしたまさに男らしさの塊と言ってもいい男子高校生だ。

「ほう、お前だったか、電話の相手は。どうりで聞いたことのある聲だと思った」

「ガチでどういう事だよ……。何でてめぇが海野さんと一緒にいんだよ……?」

「その話をお前にする必要などない。今はお前の用件を聞こうか?」

「いや、話してもらうぞ。前から怪しいとは思ってたが、てめぇ海野さんに一何の恨みがあってこんな事をする? 言っとくが俺はてめぇの事許した訳じゃねぇからな? 丁度いい、お前とは一度差しで話がしてぇと思ってたところだ!」

この遣り取り、私がこの場所で彼を問い質した時とほぼ同じだ。やはり考えることは皆同じか。

でもあの時とはシチュエーションが違う。それはここに私がいると言うことだ。彼は當然の如く昨日の朝の出來事を一部始終見ている訳だ。彼が私に対して大聲で怒鳴っていたところを。

彼はどうやらその事が許せないらしく、果ては山くんと行を共にしているのだ。彼の怒りは頂點にまで達していた。

「海野さんはてめぇと違って超超ちょーーー善い人なんだよ! こんな派で一度も喋ったこともない俺の名前をフルネームで憶えてくれているくらいな! そんな人を昨日あんな至近距離で怒鳴るなんて考えられねぇ ……一発毆られても文句はねぇよな?」

「駄目だよ頭金くん! そんなことしたら指導されちゃうよ! 私なんかの為にそんな事しないで! 私は大丈夫だから! 彼とは何もないから!」

「だからですよ、海野さん。俺はあなたの為なら何でも出來る。指導でも始末書でも何でも來いってんだ!」

彼は聞く耳を持ってくれない。あの時と一緒だ。

何故かみんな山くんが何かしらに絡んでくると私の説得もままならない。

私は昔からそうなのだけれどクラスメイト(特に男子)から護られる傾向にある。本來ならクラスの長である私が皆を護らなければならないのにこれではあべこべだ。

そしてこの時私は改めて実した。本當に山くんはクラスの人達から嫌われてしまったのだという事を。自分の事のように悲しくて、寂しい。しかし、當の本人は知らぬ顔の半兵衛である。

「全く構わないぞ。それでお前の怒りが収まるのであれば一発なんてけちけちした事言わずに十発でも百発でも毆ってくるがいい。ま、當てられればの話だがな」

……山田くんも挑発しないで! ね、頭金くんも話し合おう? ケンカは駄目だよ」

しまった。思わず山くんの本名を頭金くんが居る前で言い掛けてしまった。危ない危ない。

「ケンカじゃないですよ海野さん。今から話し合いをするんですよ。拳と拳のぶつかり合いと言う話し合いをね」

「それを世間的にケンカというんだけど……」

「解ってないですねぇ。男同士の話し合いは昔っから拳と拳のぶつかり合いと相場が決まってるんですよ。それにこいつにも了承済みだ」

そんな相場も決まり事も聞いたことがない。空手部員ならではのルールなのだろうか。男の子の事はよく解らないけれど、とにかく絶対にこの一即発の狀況でケンカが発することは避けなければならない。それだけは確かに解っていた。

「じゃあ、行くぞ 歯ぁ食い縛れよぉ! 鈴木ィィィ!」

しかし私が打開策を練る暇もなく、頭金くんは景浦君に毆りかかろうとしていた。

「ああ! 待って頭金くん! 山くん! 逃げてぇ!」

もう私は必死だった。山くんのことを結局本名で呼んでしまったし、ケンカが起こってしまった。

彼を——頭金君を止めることが出來なかった。山くんもその場をこうとはしない。反的に顔を覆ってしまう。

終わった。もう彼は指導の対象者になってしまうだろう。そう覚悟を決めた時だった。

――ガシッ!

何かを摑むような鈍い音がし顔を覆っていた手を離す。何と、山くんが空手部である頭金くんの拳を片手で止めていたのだ。

頭金くんは摑まれた手を振り解こうと何度も振ったが、がっしりと摑まれているのかなかなか離れない。相當な握力で握られているようだ、頭金くんは心なしかし痛そうに顔を歪めていた。

「ぐうぅ……ッ! 何だコイツ……! 離しやがれ……!」

「避けるまでもない。踏み込みが甘いし、拳に勢いがない。だからどこにに向かって毆ってくるかも読めた。これでは幾ら毆ってこようと無駄だと思われるが、続けるか?」

「…………! 上等だッ! この暗野郎!」

山くんの更なる挑発にまんまと乗った頭金くんはさらに両拳で景浦くんに襲い掛かる。しかし案の定全ての攻撃を景浦くんに悉ことごとく、空しく、け止められていた。片手で。

そう、景浦くんはもう片方の手にジュラルミンケースをぶら下げていたのだが、彼はそのケースを一切手放すことなく頭金くんの猛攻を片手だけで往なしていたのだ。

「ふあぁぁ~~……。そろそろ飽きた。もうそろそろ本題にろうか」

一つ大きな欠をしながら彼はそう言うと、ケースが握られていた手を離し、両手で頭金くんの攻撃をけ止めた。

「ぐっ……! ハァ……ハァ……、何なんだよ……! 一発も當たらねぇなんて……」

「だから言っただろう? 私と拳で語り合おうなんてこれからお前が先百年生きて人ならぬ存在になろうともまだ早いんだよ。ここに長居は出來ないのだから、さっさと依頼容を話すのだ」

そう言い山くんは頭金くんの両手を離した。頭金くんは頭と両腕をガックリと下に落とした。

「山田……お前、一何者だよ。俺の本気の拳の連打を全て、しかも片手でけ止めるなんて……。こんな事は空手九年間やってて生まれて初めてだ……完敗だ」

ケンカは起こってしまったけれど、結果オーライではあったけれど、山くんも頭金くんも傷付くことなくこの場は収まった。山くんは何事もなかったかのように下に落としたジュラルミンケースを持ち上げ、再度頭金くんに尋ねた。

「さて、あそこのが呼んでいたが……頭金だったな。お前の依頼は何だ? 悩みだろうがみだろうが全て私が解決してやろう。さあ言え、お前のみを」

すると頭金くんは下を噛み締め、目が潤み、大粒の涙を流し、涙ながらに訴えた。

「くうう……、鈴木ぃ……。お前にこんな事を頼んでも無駄だろうが、話だけでも聞いてくれないか? 単刀直に……恥を忍んで頼もう……、俺に……俺に――金を貸してくれ!」

頭金くんは地面に跪き頭と両手を地に付け、所謂土下座をしてこう頼み込んだのだった。

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