ーーー戦慄、していた。

人事部にり、魔と関わってから既に１年が経過している。最近では魔という存在に恐怖することもなくなり、一端いっぱしを気取っていたことも認めよう。

それなのに、あの魔の規格外さ加減は何だと言うのだ。

腕を振っただけで地平線まで全てを真っ平らにする破壊力は、今までで２番目。

そして夕暮れ時の空を真っ二つに分斷するその巨大さは、今まででダントツ１位である。

トンボがけされたのではと思うほどキレイに更地にされた世界は夕が満遍まんべんなく注がれていて、しくも、しかし恐ろしかった。

「ーーーッ！！『乾坤一擲けんこんいってきーーー鬼颪おにおろし』ーーーッ！」

ブオッと瞬時に二の腕まで、いや、焦りがでたのだろうか、頬のあたりまで黒鬼に侵食されたナタツカは張り詰めた鬼気を解き放たんと巨塔を見據え、大ナタを構えた。

「待てッ！ナタツカ！！」

「ーーーッッ！」

オレの聲が震えていたのかは分からない。しかしナタツカは今にも振りかざさんとしていた大ナタをピタリと止め、辺りに満ちた鬼気もみるみる霧散していく様だった。

「何で止めるんスか！？ノブセン！」

「下手に攻撃してあの魔を刺激させたらどうなるか、まだ分からないからだ」

「でも、自分とノブセンでヒットアンドアウェイすればどんな魔だって倒せますよ！あの魔でも！」

「倒せるかは問題じゃない・・・ッ！」

「え・・・？」

「見たところ地平線まで修整世界が広がっている。だったら間違いなくオレらの學校まで『修整』されているって事だ。見た目には分からなかったけどな」

現実世界から修整世界に変わったのは、おそらくイヅルハと別れてから。ずっと修整世界だったわけじゃない。

「修整世界の大きさが、その魔の強さに比例するってのは１つの説だ」

「今の攻撃は幸い學校の方向とは真逆に放たれたから良かったものの、もし學校の側に今のバカみたいな威力の攻撃が當たったら、巻き込まれた人事部員は、何も知らないまま死ぬことになる」

「たしかに、そうっス・・・！！」

虛実織りぜた話だが、ナタツカは納得した様だった。本音を言えば、ナタツカにSOSを使ってしくないというだけだったのだが。

「だろ？だから今、お前がやるべきなのは學校に戻って１年生を修整世界の外に出してやること。それと２年生と引退した３年生をここに連れてこい。あ、あとシーバも連れてきてくれ」

１年生はまだ実戦経験が無い。それなのにあんな魔と戦わせるのはあまりに酷すぎる。

引退した３年生を引っ張り出すのも心苦しいが、しかし２年だけであの魔に挑んで勝利する公算はきわめて低いだろう。

ーーー勝利の絶対條件は、誰も死なない事なのだから。

「シーバってあの生徒會長の皇后崎こうがさき椎原しいばさんっスか！？」

「そうだ。あいつも１年の時は人事部だったからな。しかも、超強い。だからーーー早く行けっ！手遅れになる前に！！」

「ーーーッ！うっス！！！」

迅疾じんしつの如く駆け出したナタツカは一瞬でその姿を消し、學校へと向かっていった。

荒野に殘されたのはオレ一人。オレはまた、前方にそびえる巨塔を振り仰いだ。

「しっかし、超でけえなぁ、あの魔・・・」

嘆息たんそく混じりの言葉をらして、世界を知覚する。

寂寞せきばくとしてしまった大地も、太の恩恵をけた夕空も、逆で黒いシルエットしか見えない巨大な魔だって、全部この世界の一部だった。

「敗けるわけには、いかないよなぁ・・・」

恐ろしくたって、構わない。ただ、勝たなければいけない。そうでなければ、この世界に歪ひずみが生まれることを知ってるから。

想像もつかないような激戦になるだろう。でも、誰一人死なせない。その為に、オレはオレで在るのだから。

一人、決意を改めていると、その時ーーー。

ギャリイィィィィッッッッ！！！！

「つぅッ！うるさ！！」

ガラスを同時に何百枚も割ったかのような騒々そうぞうしい破砕音が、空気を破った。

ふと見てみると、魔の腰からのところにかけて、『空間』に、亀裂がっていた。

それはまさしく常外の一撃。空間すら、世界すら斷裂せしめる、一人のが放った一撃だった。

「はは・・・、そうだったな。お前が居たんだ。何だよ、ビビって損したぜ」

誰が聞いたって分かる強がりを獨りごちると、言い知れぬ安堵がに湧出ゆうしゅつした。

『ウオォォォオォォオオオオオッッ！！！！』

空間と一緒に、２つに分斷された魔は、しかし大気を鳴させて大きく吼える。態勢が崩れる間際、魔は再び大仰に手を振った。

苛かぎゃくを帯びる空間、このまま地平線までその暴が進むと思ったがーーー。

相対するは歪曲わいきょくする空間だった。

世界を変革させ、理法則を冒涜して全てに干渉するSOS。その一端いったんが、巨塔の一撃を完全に封殺した。

「・・・・・・ッッ！！！」

瞠目どうもくしたのは、他でもない。目の前にが現れたからだ。青みがかった髪のに小柄な。ネコミミのキャスケット帽を被って、しい碧眼へきがんは巨塔を見據えている。

これも、この瞬間移も、こののSOSだと知っていながら、オレはそれでも彼の異質さに目を剝かざるを得なかった。

ーーー人事部部長、千年ちとせ真秀まほ。

マホは地上３メートルくらいのところを滯空し、自然な作で手を突き出した。

世界はマホの行に恭順きょうじゅんして、マホの腕のリーチと同じだけの空間が歪み、軋きしみ、壊れて拡がる。

ーーー有するSOSは、『空間に干渉する能力』。

樹形図狀に延びた空間斷絶は遠方の魔を躙じゅうりんして、黒く、弾けさせた。