《僕はまた、あの鈴の音を聞く》No.5 返事
「まだ......、返事を聞いてないから」 
伊藤穂波は、僕に対して、たしかにそう言った。
ーこれは、まずいな。
恐らく半年前の僕は、伊藤穂波に何らかの質問をされている。
そしてそれは、退院して間もなくても、聞きたい事なのだろう。
しかし、記憶を失った僕には、それが何なのか分からない。
「......伊藤でいいか?」
「うん」
「伊藤、一応確認するけど、返事というのは......その、あれのことだよな」
僕は、わざとはぐらかすように尋ねた。
最近テレビで見た、アレアレ詐欺というやつだ。
僕は、伊藤が口をらすことを期待し、様子を伺う。
「......そう、あれ」
ーかかるわけなかった。
「......」
沈黙が訪れる。
(どうすれば......)
 
このままじゃあ、僕が既に忘れてる事がバレてしまう。
そんな僕の不安を突くかのように、彼は続けて、こう言った。
「しん君もしかして、忘れてるなんて事はないよね?」
ー詰んだ。
僕は、潔く首を縦に振った。
その反応を見た伊藤は、一度、笑みを見せた......と思いきや、直ぐに、笑みを戻し、僕に向かって、こう言ったのだ。
「忘れた? 冗談じゃなくて?」
(なんで、一回笑ったんだ.....、怖えよ)
僕は、もう一度首を縦に振った。
すると、伊藤は、僕に背中を向け、突如帰り出した。
流石に訳が分からない僕は、急いで伊藤を引き止める。
「ちょっ、忘れてたのは悪かった。けど、教えてくれてもいいじゃないか!」
「うっさい!」
そう言った伊藤は、そのまま帰ってしまった。
その日の夜、彼の一言と、帰りまでの道のりにより、僕の心とはズタボロだった。
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