《豆腐メンタル! 無敵さん》八月一日留守無敵⑥

キュキュキュ――――ッ!!

足の回転を急停止させた無敵さんの上履きが悲鳴を上げた。リノリウムの廊下には長い緑のスリップマークが引かれた。一年生の上履きのゴムは、緑だ。ちなみにジャージもこのだ。三學年三中、一番かっこ悪いだった。

良し。思った通りだ。とりあえず止めることには功したが、むわ、とゴムの焦げた臭いが鼻を突いた。バイクかこいつは。止まり方も人間業じゃないな、無敵さんは。

「なぜ?」

急ブレーキでれた無敵さんの髪が、ふわりと元通りに落ち著いたところで訊ねられた。無敵さんは振り向かない。そこはもう下駄箱が並ぶ校舎玄関の手前だった。

危なかった。外にまで行かれていたら、間違いなく余計な目撃者が増えていたことだろう。さっきまでの俺同様、窓の外を眺めているやつって多いからな。これ以上目立つのはごめんだぜ。

さて、ここからが本番だ。とにかくこの頭オカシイ子をなんとか宥めすかして説得し、穏便に教室へと連行するとしようか。

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「野生のは人間なんか食べないからさ。お前だって、毎日シャンプーだのボディソープだの使っているだろ? ライオンやらは、そういうのを嫌うのさ。噓だと思ったら調べてみればいい。ライオンに食べられた人間なんていないから」

俺はゆっくりとした足取りにペースチェンジし、無敵さんへと近づいた。コツ、コツ、と、なんだかかっこいい足音を立てる俺。

決まったな。あとはにっこりと微笑みかければ落ち著くだろ。これでミッション・コンプリートだ。

が、そんな俺の目論見は甘かった。

「そんなの噓です」

無敵さんが斷言した。

「へ?」

まさか、見破られたのか? 俺の特殊スキルの一つ、《噓八百》が! まぁ、ただの噓つきなんだけど。もしそうなら、俺、全然無敵さんを見切れてないじゃん(笑)。

確かに、人間がライオンに食べられるという事故は起こっている。それも、結構頻繁に。ありていに言えばしょっちゅうだ。サーカス、園、そしてもちろん大自然。ライオンと人との生活圏が重なるところ、事故は必ずついてくる。

いや、まだだ。まだ見破られたとは言い切れない。なにがなんでも説得しなければならないのだ。噓も《リアリティ》をまぶすことで真実っぽく見えてくる。無敵さんを騙すには、もっとリアリティが必要なのかも知れない。

俺は噓を吐くことに抵抗がない。本當のことばかり言っていても、事態が好転した試しなどないからだ。正しい結果を導く為の“いい噓”ならば、それは間違いなく“正義”なのだ。

無論、それはどこまで行っても“自分にとって”ではあるが。

『ねぇ、ホズミくん。“正しい”って、なんなのかな?』

「莇、飛鳥っ……」

無敵さんの背中に、莇飛鳥の悲しい笑顔が見えた気がした。途端に気合いがって來る。

もう、お前の泣き顔は見たくない。

俺は揺を悟られないよう、殊更に冷靜さを取り繕って立ち止まった。無敵さんとの距離、およそ三メートル。一足飛びに捕まえられる距離だ。

「噓じゃない。保存料やら著料やらどぼどぼ使われた食品を口にしている人間は、野生からすれば有害食、いや、毒だと言っても過言じゃない。生存本能の研ぎ澄まされたたちが、そんなことにも気付けないと思うのか? ライオンは、人を食べない」

靜かに、噛んで含めるように。俺は無敵さんへと言い切った。

「噓です。例えば熊は、一度人を襲うと、次からは好んで人を食べるようになるんです。に比べて貧弱な筋力しかない人のは、きっとらかくっておいしくて、比較的安全に口に出來る食料なんでしょう。それはライオンだって同じはず。きっと、あたしのおにも満足してくれるのぉ」

くるり、と無敵さんが振り返った。

「う、お」

頬を上気させ、手を組んでうっとりとしている姿は、わりと、いや、結構、てゆーか、かなり? うん。なんか、可らしかった。俺の中で、無敵さんの“地味”という第一印象がしだけ崩れている。

でもこれ、ライオンに食べられているところを想像しているんだよな? がぶりと頭を齧られたり、がふがふとはらわたを引きずり出されたり。それってそんなに嬉しいの? 俺なら絶対嫌だけど。普通、みんなそうだよね?

そう考えると、一気に無敵さんがそこらの変態なんかじゃ足元にも及ばないほどの変態にも見えてくる。

やっぱ怖いわ、この子。あと、なんで熊のこととか知ってんの? そう考えるともっと怖い。あと、怖い。

俺の中での無敵さん評価は、「地味→ちょっと可い→怖い→あと、怖い」と、目まぐるしく変化していた。

そんなことより、俺の噓は思いっきりばれている。俺は無敵さんを舐めていた。そう認めるしかないだろう。

しかし、まだだ。まだまだだ。まずは初撃をかわされたに過ぎない。俺にはまだ武がある。次で仕留める! 今度こそ見切ったぜ、無敵さん!

俺は無敵さんのなんでか潤んでいる瞳を見つめた。

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