《豆腐メンタル! 無敵さん》二日目欠席浴中②
閑話休題。本日は午前の二時間で學校生活における心構えや校則、必修科目や選択科目についてのオリエンテーションが行われる予定だ。
ちなみに昨日、留守先生が「明日はオリエンテーリングがありますからね」と言っていたが、それはスポーツだ。「學早々、地図とコンパスを使ってのゲームをするわけですね、分かります」とは言えないので、誰も突っ込んだりはしなかったが。
ともあれ、二日目ともなるとだいぶ張もほぐれてくる。初日はどこに行くにも手探りなじだったが、一度分かってしまえばなんてことはない。下駄箱に教室、トイレと保健室。これだけ把握しておけば、とりあえずは十分だ。
そして、特に親しい友人も必要ない。授業や校外活などで良くある班分けや、ペアを作る時に困らない程度の“知り合い”だけいればいい。
そう思っていたのに。
「おはよー、みんな。はいはいはい、席についてー。おしゃべりはやめー。って、みんな席についてるし、さっと話もやめちゃってるじゃなーい。靜か過ぎて怖いじゃなーい。もー、みんなったら、大人しいんだからー」
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ぱんぱんぱんと手を叩いてお笑い蕓人のように教室に登場したのは、アニメちっくな聲も可らしい留守留子先生だった。靜かな教室が殘念そうな留守先生は、どうやら擔任という存在への憧れがあるらしい。朝の教室は賑やかでなければ寂しいようだ。靜かにしているのに怒る先生なんて見たことないぞ、俺。
なんか高校生ともなると、ぐっと大人になった気がするんだよ、先生。前は簡単に作れていた「友達」ってものが、やけに難しく思えてきてさ。「どうなれば友達って呼べるんだろ?」とか「自分が友達になりたいからって、向こうもそうだとは限らないよね」とか考えちゃって、ちょっと遠慮がちになったりしてくるんだよ。まぁ、留守先生だって通った道だと思うけど。うわぁ。我ながらジジくせぇ。
あとは、ま、特に、この高校に來るようなやつらは、頭でっかちな傾向が強いから、考え出すと、はまっちゃうんだよな。俺も含めて、だけど。
「さて。今日は昨日も言っていたとおり、オリエンテーリングをしまーす」
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留守先生は、出欠も取らずに堂々と間違った宣言をした。相撲で言えば勇み足。押しているのに負けてしまうという、全く殘念な決まり手だ。いかにも留守先生らしい負け方である。今日という日も、留守先生はもう負けていると俺は思った。また校長室に連行されそうな予がする。
「くす」
「ん?」
微かに聞こえた含み笑いは、窓際最前列に座る阿久戸志連のものだった。俺の席の列の一番前だ。あいつの名前だけは、なぜかもう記憶した。今までに會ったことがないタイプだからだろうか?
「でもー、その前にー、」留守先生は教卓にばんと手を置き、「席替えをしまーす」と言い放った。
「席替えって。先生、まだ二日目なんですけど。今番號順じゃなくなったら、クラスメイトの顔と名前を一致させるのに余計な時間がかかりそうなんですけど」
真ん中の一番前の座席で、挙手と同時に座ったままそう言ったのは、黒縁メガネのの子だった。もちろん名前など覚えていないので、彼が誰だかは分からない。三つ編みにメガネという彼のいでたちは、良くある委員長という虛構を見事に現化している。
え? 古い? いまどき、そんな委員長はいない? だろ? だから実際ここにいるこの子が、俺には凄く貴重に思えるんだよね。一度は會ってみたかったってじ。今日は多分、クラス委員長も決めるだろう。これはこの子で決まりだな。間違いない。この子は、委員長になるために生まれてきたに違いない。それ以外の生き方は許さないとまで言いたい。
「いい意見だわ、黒野さん。でもね。先生が、その問題を無視するとでも思った?」
留守先生はふふんと余裕綽々に鼻で笑った。じわるっ。ヘタすると俺たち生徒よりもく見えるだけに、余計に。
「と、いいますと?」
黒野という名前らしい委員長(仮)が、鹿爪らしい顔で訊き返す。
「つまりは、『部分的席替え』ってことよ。ある特定の席順だけを、先生が恣意的に変更します」
「部分、的?」
嫌な予がした。先生の視線が、言いながら俺の方に向いたからだ。俺は慌てて目を逸らす。なんなら口笛とかも吹いてみる。「俺、関係ありません」と分かりやすく主張してやる。
「せんせー。その前に、出欠取ってみませんかー? 一人來てませんけど、気付いてますー?」
「え? うそ? いきなり欠席者?」
真ん中後ろあたりから、なんとも明るい聲で欠席者の存在を示唆するやつがいる。爽やかにして朗らか。こんな微妙に嫌味混じりな指摘にも関わらず、なんの悪意もじない。
ところで誰が休んでるんだ? こんな日に休んだら、この學校での勝手を理解するのが遅れるはずだ。悪目立ちもするだろうし、しくらい調不良でも出てきた方がいいことが分からないようなバカなのか?
そう思い空席を探してみる。と、それはすぐに見つかった。廊下側の列から二番目、前からも二番目。そこだけがぽっかりと空いている。
あの席って、確か……。嫌な予がいや増した。嫌が二つでいやいやだ。もう本當に嫌だった。いないならその方がいいかなー、とか一瞬思ったが、いてもいなくても俺を不安にさせるやつだ。なんなの、あいつ? 俺の何になってんの?
「あらー。來ていないのって、無敵さんなのねー。やだ、先生、困っちゃう」
留守先生が両手を頬に當てて、手れの行き屆いた細い眉を下げた。きれいな眉だなー。メイクもナチュラルだし、この先生ってホントいい。年の差が十以だったら、結婚を前提に付き合ってもいいレベル。向こうは良くないかもだけど。年下好きかなぁ、留守先生。
「教えてくれてありがとう、七谷さん」
先生は両手を前に揃えて、朗らか子にぺこりと頭を下げた。その子を振り返って確認する。へぇ。七谷っていうのか、あいつ。見た途端、強烈にインプットされた彼の名前。それにはもちろん理由があった。
「どういたしましてー。えへへ」
照れたように頭をかく七谷は、なんというか派手だった。ゆるふわカールのかかった長い茶髪に、カラーコンタクトでもれているのか、明らかに青い瞳。「お前はハーフなのかよ」と突っ込みたくなる不自然さだ。ブラウスのボタンは二つばかり外されて、の谷間が覗いている。それは緩められたネクタイのせいで、ちらちらと見え隠れしているのだ。
座っているから見えないけど、多分スカートも「それ、はく意味あんの? それで隠しているつもりなの? もうはいてなくてもいいんじゃない? むしろはいてる方がエロくない?」ってくらいに短いはずだ。あれでスカートだけ足首まであったりしたら笑っちまう。
……つーか、昨日あんなヤツいたっけ? 一回見たら絶対忘れられそうにないんだが。
「それにしても先生、よく菜々のこと分かりましたねー。菜々、昨日とは全然違うはずなのに」
調子に乗ってしまったのか、七谷は気軽に話しかけ始めた。自分のこと菜々とか言うのやめろよ、バカっぽいから。いや、それをやめたところで格好がもうアレだけど。
「うふふ。どんなに姿が変わっても、先生は生徒のことを見失ったりはしませんからね」
留守先生は「いいこと言ったった」ってじで得意顔。その顔のせいで、本當にいいことを言ったと思うのに臺無しだった。
「うわー。嬉しいー。菜々、いい先生が擔任で良かったぁー」
しかし、七谷は素直にけ取っているようだ。こんなに派手であっても妙に印象良く見えるのは、この素直さが雰囲気としてにじみ出ているからなのだろうか。ちょっと不思議なヤツではある。
まぁ、顔がアイドル並みに可いしな。アイドルとかなら、これくらいの派手さは普通だろ。問題は、別にアイドルとかじゃないとこだけど。
「先生。無敵さんがいないと困るというのは、その席替えに関係があるからでしょうか?」
留守先生と七谷のほのぼの空間を、アイスピックのような言葉を投げつけ破壊したのは黒野だった。なんで不機嫌になってんの、こいつ? 気難しそうなヤツだなぁ。
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