《豆腐メンタル! 無敵さん》二日目欠席浴中⑨
いよいよ本気でヤバいゾーンにまでバスタオルが辿り著き、俺の心拍が急上昇している。だが、それは「どぉぉぉぉっ、くぅぅぅぅんんん……」といった、ゆっくりしたものだ。普通の人間であれば絶対にし得ない覚に、気持ち悪さがこみ上げる。
ぐええ。れ、冷靜に。冷靜になれ、俺!
無敵さんは昨日初めて出會ったばかりのクラスメイトであり、俺にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。あ、関わり合いになりたくないとか思っている時點でそれ以下ではあるかも。
それはともかく、兎にも角にもそんな子の全など見てしまった日には、これからどう接していったらいいのか非常に悩む。更には無敵さんのが夢に出てきちゃったり、そのせいで翌朝、男の生理現象などを引き起こしたりしていた場合、俺はきっと極度の自己嫌悪に陥り「無念!」とかんで切腹する。は、おおげさだが、神的なダメージはそれくらいに甚大だ。これが彼であったり、せめて好きな子であったりすればまた話も変わってくるのかも知れないが。おいおい。何考えてんの、俺? 狀況整理はどうした、おい。
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しだけ冷靜になった俺は「早く閉じてくれ、瞼!」と念じてみた。
ぬあぁっ!
だが、一向に目は閉じない。バスタオルはさらに下がり、とうとう無敵さんのバストにおける頂點まであと數ミリというところまで迫っていた。
なんでじゃーい! 瞬きのスピードって、確か100ミリ秒程度のはずだぞ! 一秒あったら、どんだけ閉じられると思ってんだよ、俺ぇ!
はっ。と、いうことは。
さては、俺の《本能》が、脳からの命令をキャンセルしてやがんのか! 「見るな」「見たい」「だめだ。見るんじゃない」「いーや、俺は見たい」ってじで、理と本能が戦っているに違いない!
なんてことだ。サイテーじゃないか、俺。もしもこんな場面に遭遇することがあっても、俺は決してガン見するようなヤツじゃない。そうじゃないって、信じていたのに!
その直後。俺は、この世界の《神》ってヤツが、殘酷であると思い知るのだった。
「ひゃわっ。いけないっ」
「なんだとぉ!」
あと一歩。無敵さんのバストの一番大事な所であり、甘なアクセントとして存在するはずの、あの、なんていうか、突起部? 骨に言えばB地區? が「見えた!」と思った瞬間、俺の《ブレイン・バースト》は解除されていた。あれぇ? いつもより、なんか終わるの早くない?
同時に、バスタオルが異常事態であることに気がついた無敵さんの両腕が流星のごとく輝いていた。ように、俺には見えた。無敵さんの腕はひゅばばばば、とバスタオルを元の狀態にまで復元していたのだ。
例え俺の《ブレイン・バースト》発中であったとしても、果たしてそのきが捉えられていたのか分からないほどのスピードだったが。
くあぁぁぁぁ! なんだよ、おいぃぃぃ! ちらりとは見えたけど。ちらりとは見えたけどぉ! 俺の瞳に殘る無敵さんバストの殘像、ピンボケした寫真みてーになってるじゃん!
見えてはいるけど、はっきりくっきり鮮明には分からない。想像、あるいは妄想補正をかければまずまずの映像ではあるが、それはやはり“本”とは呼べない。
これならば、全く見えなかった方がいっそ清々しかった! なんだよこの得したのか損したのか良く分からない殘念! またやりやがったな、《ラブコメ神》め! 俺のドキドキを今すぐに返せぇ!
つーかこれ、全力で悔しがっている俺ってなんなの? 自分の醜くも健全な部分を知ってしまった分、これは完全に損しただろ。
「ひゃわわわ。あぶ、あぶなかったぁ。ご、ごめんね、ホズミくん。お見苦しいものをお見せしそうになっちゃって」
「あ、いや」
かさかさに乾いた俺の口から、なんともけない聲が出た。正直、がっかりしているからだろう。しかし。しかし、だ。
ピンボケであっても、無敵さんのプロポーションは把握出來た。そう。まるでフィギュアがそのまま等大になったような、実大のフィギュアのような、生の人間とは思えない、無敵さんの信じがたいプロポーションを!
どこにいるんだろ、《ラブコメ神》って? 居場所を突き止めたら絶対に撲殺してやる。それぐらい殘念になってきた。
なので「別に、見苦しいってことは。むしろ、きれい、つーか」と、つい言いかけて、俺は口に手をやった。
「え? え? ま、まさか……、み、見え、ちゃった?」
無敵さんのが「あわわわわわ」と震え出した。顔には縦線がずらりと下がっている。顔面蒼白。てか真っ青。
「み、見えてない。見てもいない。だ、だから安心しろ」
「うそです。ホズミくん、あたしの、は、……、み、見た、でしょ」
「うっ。み、見てないって言ってるだろ。何を拠にそう言うんだ、お前は?」
ちょっと聲が上ずった。く。まずい。なんでこいつってこう、無駄に勘が鋭いの? そういうとこも怖いんだよ、お前は。
「うそ。見たんだ。ふ、ふぇぇ。どうしよう、どうしよう。あたし、嫁り前なのに、男にをっ」
無敵さんは顔を覆って泣き崩れた。ひっく、くすんと泣く聲は、こんな場面では不謹慎だと思いつつ、なんだか猛烈に可かった。
「いや、落ちつけ。だいたい、嫁り前にを見られたからってなんなんだよ? 今時、を見せ合う前に結婚するカップルなんかいねーって」
そうだよね? 大昔ならいざ知らず、現代日本においてそんなカップルいねーだろ。
ぺたんとキッチンの床にへたりこんでしまった無敵さんの頭をでたくなる衝に耐えながら、俺はティーカップを手に取った。カップがカチャカチャカチャカチャと小刻みに鳴っている。うおおおお。俺も落ちつけ。
「くすん。ひどいです、ホズミくん。見るだけ見て、あとは知らんぷりですかぁ?」
「おい、やめろ。その言い方、まるで俺が遊び人みたいじゃねぇか。それより、そんなことを言うのなら、速やかに服を著ろ」
てか、「やるだけやって」なら遊び人だけど、「見るだけ見て」だと、なんだか俺が覗き魔みたいで凄まじくかっこ悪い。本當にやめてしい、その言い方。もしこいつがマーシア伯爵夫人だったりしたら、《ピーピングオト》と書いて《覗き魔》と訳されちゃったりするのかな? 自分の名前が後世まで覗きの代名詞にされるなんて耐えられねぇ。トム、尊敬。
「そうやって責任逃れをするつもりですねぇ?」
無敵さんがにょる、と顔を上げた。いや、このオノマトペがおかしいのは分かっている。しかし「にょる」としか俺には形容出來ないのだ。あれほどキラキラと輝いていた大きな瞳は、もう通常に戻っている。漢數字の一の目だ。それ、ホントに見えてんの?
「責任逃れとかおかしな言いがかりをつけるんじゃない。仮に俺が無敵さんのを見ていたとしても、それはんだことじゃあない。もし責任の所在を問うのであれば、それはお前のバスタオルの管理についてになるはずだ。俺が責任を問われる筋は、どこにもない。そもそも、なんで學校休んだお前が、こんな朝っぱらから呑気に風呂なんかってんだよ?」
ついでに言えば、外でベビーカーをぶん投げて、にゃんこを救ったりもしている。が、そこはとりあえずノータッチ。あれもこれもと追求すれば、話しがややこしくなるからな。
無敵さんが元の地味な子に戻ったおかげで冷靜さを完全に取り戻した俺は、バスタオルにまだ覗くの谷間から強固な意志力で目をそらし、容赦なく反論を展開した。完璧だ。これだけ正しい論理なら、無敵さんも何も言えまい。やはり、俺は正しいのだ。それも、常に。
俺はそうやって挑まれると、反撃せずにはいられない質なのだ。目には目を。歯には歯を、とは人を裁く時には罪と同等の罰を與えよというモーセの律法だが、俺はバビロン人ではないので當然そんなものには従わない。「もらったものは倍にして返す。なんなら利子までつけてやる」。強いて言えば、それが俺の律法だ。
と、気付けば俺は、またしても無敵さんと論戦するはめになっていた。頭の中で鳴るゴングが、第二ラウンドの開始を告げた。
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