《豆腐メンタル! 無敵さん》三日目七谷水難事件①

學三日目、朝。もうすでに、俺はこの高校に來たことを激しく後悔していた。なぜなら。

「おっはよー。あれれー? どったの、オトっちゃん? こんなにいい天気なのに、オトっちゃんとこだけ雨でも降ったー?」

がらっと教室のドアを開け、窓際の自分の席へ、キュポキュポと床を踏み鳴らして歩いて行く俺に、七谷ななたに菜々ななみが朝の挨拶を朗らかにしてくれた。《無敵さんシフト》の為の席替えはもう完了しているらしく、七谷は俺の右斜め後ろの席にいる。つまり、無敵さんの後ろの席だ。

今日もゆるふわカールヘアーがみょいんみょいんとナチュラルかつしく揺れている。カラコンれてる青い瞳と目を合わせるのはきついけど。あと、やたら際どいとこまでしかないスカートもどうにかしてくれ。油斷すると、視線がそっちに行くんだよ!

「ああ。校舎玄関にる手前で、集中豪雨を喰らったようだ」

これについて説明出來ることは何も無い。俺にはこれしか答えようがなかった。七谷の子高生力(こんな力があるのかは未確認)を鋼鉄の自制心で振り払い、必死で平靜を裝ってそう答える俺。こう解説すると、自分が妙にかわいく思える。が、実際にはただのムッツリーニだ。

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かばんを機の橫にかけ、椅子を引いてどすっと座る。その衝撃で、床にびちゃびちゃと水が垂れた。俺はもうずぶ濡れだった。頭のてっぺんからつま先まで、それはもう見事に濡れそぼっていた。顔に張り付く髪が邪魔で、俺は前髪をかき上げた。

「おおー。そういうのって、なんだか妙にかっこいいー」

そんな俺の仕草が気にったのか、頬を上気させた七谷が、ぱちぱちと拍手した。

「はぁ? お前、それでめてくれているつもりかよ」

俺は七谷を橫目で睨んだ。そういう風にからかわれるのって、俺、嫌いなんだよね。マジマジ。そんなこと言われたってそわそわしたりウキウキしたりなんかしないのだ。

ほら、その証拠に、椅子に座る時、片足を高く上げてから組んでみた。いや、かっこつけてるわけじゃないよ? これが俺のいつもの座り方だし。マジマジ。

「いやいや、ほんとだよー。ま、それはともかく、そのままじゃ風邪ひくよ? タオルある?」

「ねぇ」

こんなにアイドル力(ビッチ力とも言う)の高そうな七谷が、俺の心配をしているだと? まぁ、全然嬉しくなんかないけどな。マジマジ。その証拠に、そっけない返事とかしてるだろ? これはすぐに気の利いた言葉が思いつかなかったからってわけじゃあない。こんなのこれで十分だし。

でも、七谷の表が「ぴくっ」とかなったらもうし何か言おうとは思ってる。ほら、俺って優しいから。マジマジ。

「だよね。まだそんなに暑い時期でもないし、部活もまだ始まってないもんね。タオル持ってる子なんていないだろーなー。よし。菜々、ちょっと職員室行って借りてくる。待っててね、オトっちゃん」

「え? いや、いいって。おい」

「遠慮しないの。同じ《無敵さん係》でしょ?」

止めるが早いか、七谷はぴょこんと席を立って教室の前側ドアから出て行った。七谷は見かけによらず世話焼き気質なようだ。意外だけど、本當にいいやつなのかも知れない。

「いいって言ってんのに……」

なんだか申し訳なくなった。てゆーか、久しぶりに人に優しくされたなー、とか気付いたら、ちょっとうるうるしてしまった。

でも、本當に放っておいてくれても良かったのに。俺の濡れ方、見た目は派手だが、実質厄介なのは髪だけだ。制服については撥水加工がされているので染み込んだ分ってそれほどでもないし、中のYシャツだって頭がガードしてくれた。なにしろ真上からの“豪雨”だったもんな。

「ふーん。貴様、玄関前で水浴びしたのだな?」

え? 俺、貴様呼ばわりされた?

「黒野。まぁな。したくてしたわけじゃないけども」

七谷が去った後、右斜め前に著席していた黒野が、振り返って話しかけてきた。つまり、無敵さんの前の席だ。

「そうか。だが、その水浴び、したくても出來ない人だっているのだぞ」

「は? それってどういう意味?」

あと、その偉そうな喋り方がお前のキャラなの? 現実にそんな話し方するの子がいるとは思わなかったぞ。

「そのままの意味だ。貴様が詳しく知る必要は無い。“今は”、まだ」

ラノベの伏線そのままな、気になる黒野の言葉に、俺は「おい、それはどういうことだ? おい。おい、黒野」と々しつこく粘ってみたが。

黒野はそんな俺を完璧に無視して、なんだか小難しそうなハードカバーの分厚い本を読みふけり始めた。うん。ラノベじゃないことは確かだな。

待てよ。西尾維新の作品なら、その分厚さのもあった気がする。あ、違うな。さては『STEINS:GATE』だろ! ……厚さはともかく、大きさが違いすぎるか。くそっ。ラノベ読めよ、お前。

「お待たせ―。オトっちゃーん。タオル借りてきたよー」

そこへ七谷が帰って來た。結構早い。タオルを握り締めた手をぶんぶんと振り回し、にこにことしている様は、「どんなもんだい」ってじに映る。かなり得意げだな、おい。

「悪い。ありがとう、七谷。しかし、やけに早かったな」

七谷から「ほい」と手渡されたタオルでさっそく頭をごしごしとやりながら、俺は何気なくそう言った。が、その答えは意外に面白いものだった。

「うん。職員室でさ、留守先生に『タオル貸してくださーい』って言ったら、『そこに準備してあるから自由に使ってね』だって。見たら職員室のり口の機に、新しいタオルがたっくさん、きれいに畳んで置いてあって。まるで菜々みたいな人が來ることを予想していたみたいだねー」

「ふーん。本當にそうだな。……偶然にしても、どうしてタオルなんか準備していたんだろう?」

とは言いつつも、偶然ということはまずないだろうと思っていた。七谷の言うことが職員室でのことを正確に描寫しているのであれば、だが。

生徒が突然タオルを借りに來るのだ。「どうしたの?」と聞くこともなく「そこにあるから自由に使って」というのは不自然だ。

七谷のいうように、水をかけられた生徒が來ると予想していたに違いない。そして、タオルが大量にあったという事実は、俺と同じような奴がまだ何人も出るだろうと考えていることも示唆している。

ということは、先生たちは生徒が濡れねずみになる理由を分かっている。もしかしたら、誰がやったのかということもある程度把握しているのかも知れない。

これ、ちょっとむかつくぞ。分かってんなら防止してくれよ。あと、しくらい心配してくれ。俺、留守先生には心配されないと寂しいし。出來れば「あら、大変。このままじゃ風邪ひくわ。先生が拭いてあげるから、さぁ、いで。もちろん全部よ。ズボンも、その、下も……。うふふっ」なんてことになってしいっ!

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