《豆腐メンタル! 無敵さん》三日目七谷水難事件④
「なんだ? 無敵さんが可哀そうだとでも言いたいのか?」
黒野は本のページをぱらりとめくる。
「いや。まぁ、うん。そうだけど。お前の言いたいことは分かるけど、もっと言い方ってものがあるんじゃないか?」
「くだらん。言い方を変えれば、その阿呆が変わるのか? 私は、そうは思えない。どう言おうが変わらんなら、よりストレートな方が効率的だ。そうだろう、ホズミ?」
「…………」
俺としたことが、黒野への反論を失っていた。てゆーか、俺の考えって、元々黒野寄りなんだよな。だとすると、これは俺ってことなのか? 俺ってこんなやつだったんだろうか?
「ただいまー。お待たせ、無敵さん。はい、タオル。……って、え? どったの?」
職員室から帰還した七谷が目を瞬かせた。
立ったまま、きを止めた無敵さん。滴る水はまだ床を叩いている。黒野も俺も無言で、異様な雰囲気を作り出していたからだろう。七谷は、そんな空気を敏に察知したようだ。
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「あ。あ、ありがとう、ございます……」
「う? うん」
七谷の手から三枚のタオルをけ取った無敵さんは、力ない笑顔を作った。
ちょうどその時、タオルを渡し終えた七谷の後ろで、がたっと椅子の鳴る音がした。俺は立ち盡くす無敵さん越しに、誰が來たのかを確認した。し興味があったから。
なぜなら、その席は、無敵さんの右隣。《無敵さんシフト》によれば、そこは『後藤田ごとうだ晃司こうじ』というヤツの席だったはずだ。
「よう。おはよう」
俺の視線に気付いたそいつは、しゅたっと片手を上げて朝の挨拶をしてくれた。その聲は、低く太く男らしいものだった。そいつは、つんつんと尖った短めの髪と、穢れの無い無垢な瞳を持っていた。格はがっちりとしていて背も高い。どこからどう見ても爽やかスポーツマン系の男だ。
「おはよう。えっと、後藤田、だっけ?」
なんだか見ているだけで目が痛い。後藤田の口元から覗く歯が、きらきらと輝いているせいだろう。初見で、すでに俺はこいつが苦手になっていた。
今の気持ちを例えるなら、後藤田という潛水艇の照明に照らし出されて苦しむ、醜い深海魚である俺、みたいな。撮影までされちゃって、その映像を無理やり見せられる、みたいな。こいつを見ていると、暗い影だらけの自分が、凄く可哀そうになってくる。……って、どんだけに弱いんだ、俺? どうしてそこまで自分を卑下しなくっちゃなんないの?
それにしても。こいつ、もの凄い目力だな。さっきっから、全然目を逸らしてくれないんだけど。
これ、道端で出會ってたら、「なにガンつけてんだ? ああぁん?」とかなってもおかしくないぞ。で、ここで「つけてませんよ」とか答えると、「じゃあ金よこせ」とかいうおかしな會話になってくんだ。
ガンつけてないなら金よこせとか、どうやったらそんな結論が導き出せるの? 「いやです」って斷ると「じゃあジャンプしてみろ」とか言うし、あいつらって絶対日本語通じてないよね。俺はこの事に小學生にして気付いている。思い出すのも腹立たしい思い出だ。
とか考えながら見ていると、後藤田はようやく返事をしてくれた。耳から脳への報の伝達に問題があるんだろうか? 恐竜なみのインパルススピードだな、こいつ。
「ああ。俺は後藤田晃司。よろしく。俺もお前らと同じく、無敵さんの面倒をみることになるようだ。……で、早速だが、そのなりはどうしたんだ、無敵さん? ホズミも」
普通だ。後藤田は、ごく普通に話している。誰もが當たり前に気にすることを、普通の言い方で、當然のように訊いてくる。それが俺には衝撃的で、すぐに返答することが出來なかった。
眩しい。こいつ、なんて眩しいやつなんだ。俺が憧れてやまない普通さに、爽やかさまで持ち合わせているなんて。後藤田晃司。こいつは、神にされている。俺にとってはそう思える。まぁ、ちょっと鈍そうではあるが。
「おはよ、ごとっちゃん。あのね、二人とも、校舎にるところでね、玄関前なんだけど、何者かに上から水をぶっかけられちゃったみたいなんだよ」
なんだか悔しくて歯ぎしりをしている俺と、黒田からけたダメージによるものか、「はぅはぅはぅ」とおかしな聲を出してけない無敵さんに代わり、七谷が答えてくれた。
七谷、後藤田は“ごとっちゃん”て呼ぶんだ。俺は“オトっちゃん”だよな? 紛らわしくないのか、それ。
「ふーん。いたずらか?」
し間をあけた後、後藤田はそう言いながらかばんを機の橫に引っかけて著席した。普通に。
「さぁ? でも、いたずらじゃなかったらなんなんだろね? きゃははっ」
七谷は広げたタオルを無敵さんの頭にふわりとかけて軽薄に笑った。テキトーだな、こいつのやりとり。ちゃんと考えて喋ってんのか、こいつ? 脊椎反で話してんじゃないだろな?
「いたずらじゃないさ。これは明確な意思表示だと俺は思う。それなりに、ちゃんと理由もあるはずだ」
七谷に頭をごしごしとされるがままになっている無敵さんを見ていたら、ちょっとイラっときたのでつい話に乗ってしまった。思わず斷言しちまうほどに。
「ほう。なぜ分かるんだ、ホズミ?」
予想通りの後藤田の突っ込みに、俺は「なぁ、黒野?」と、黒野に話を振ってやった。だが黒野はそっけなく「さぁな」とだけ言って本に目を落とし続けた。後藤田はそんな黒野の様子にしだけ首を傾けた。
直後、後藤田は本を現した。それはまさしく本と呼ぶに相応しい。
普通で爽やかなスポーツマンだと? こいつのどこがそうなんだ? と、ついさっきの自分に詰問したくなるくらいの本だ。人は見た目じゃ分からない。そして、俺には人を見極める目がなかった。
「ん? おい、ホズミ。お前、前髪が目にかかっているぞ。先というのは案外固い。そのままでは眼球を傷つけてしまうかも知れない」
「そうか?」
まぁ、そんなこともあるかも知れない。そう思い、俺は前髪をかきあげた。すると。
「あはあぁぁぁああぁ~」
なんだか妙にエロそうな聲がした。
「な、なにっ? 今の聲、なに? オトっちゃん?」
七谷がびくっとして俺を見る。
「俺じゃない」
俺は手をぷるぷると振って否定した。
「ごごご、後藤田、くん?」
タオルをブーケのようにかぶったまま、無敵さんが後藤田を線みたいな目で見つめている。俺と七谷も無敵さんの視線を追った。そこには。
「どうした? 今、何かあったのか?」
やはり普通な後藤田が、無敵さんの向こうに座っていた。
「いや、今、変な聲が」
「そうか? 俺には聞こえなかったがな。それよりホズミ、前髪がまた落ちてきているぞ」
「あ? ああ」
後藤田に言われるまま、俺は周りを見渡して、再び前髪をかきあげた。すると。
「あっふぅぅううううぅうぅうぅ~」
「気持ちわるっ! 誰なの、この変な聲っ!?」
七谷ががばりと振り返った。
「ひっ!」
直後、七谷ががちんと固まった。
「は?」
俺の目は點だった。自分では見えないけど、多分そんなじになっていると思う。後藤田は。
「は、はひふうぅ」
と、名狀しがたい謎の吐息を洩らして、その頑強なを狂おしくよじっていた。
あ、あれ? これ、ホントに後藤田か? さっきまで普通に爽やかスポーツマンしてなかった? どうしたどうした? 一、何があったんだ?
「あ、え? ど、どうしたの、ごとっちゃん? 気分でも悪くなった?」
同じように思ったのか、七谷が後藤田へと問いかける。七谷の片手は口、もう片方の手はおずおずと後藤田を目指す。無敵さんは「はわあぁ。キ、キモいぃ」と正直過ぎる想を述べてがくがくと震え出した。
「はっ。いや、何でもない。気にしないでくれ」
後藤田はそう答えると、上目使いに俺を見た。俺と視線がばちっとぶつかる。すると、さっきまでガンつけてんのかって言いたくなるくらいだったのが噓のように目を逸らした。しかも、なんか、顔が赤かった。「ぽっ」って音が聞こえそうなくらいに。
何その反応? いや、ラブコメではありふれたことだけどさ。だけど、まさかまさかだろ? 俺、どっからどう見ても男だし。ラノベだったら男同士でそういう反応が起こる相手って、たいてい“男の娘”キャラじゃない? そんなの後藤田みたいなヤツがやってもさ。
ぜんっぜん! 嬉しくないんですけどっ! むしろ恐怖なんですけどっ!
「何でもないってじじゃなかったよ? はっきり言って超異常だったけど?」
七谷は後藤田への追及の手を緩めない。
おいおいおいおいおい。やめてくれ、七谷。もういいじゃないか、そんなこと。そいつはたまに稀になぜか衝的にそういうおかしな聲を出すキャラってことでいいだろう? 理由なんて知ってなんになる? 真実って、知らない方がいいことだってあるんだぜ。
そう言おうとしているのに、口がぱくぱくするだけで聲が出ない。どうしてだろうと自分のに聞いてみる。すると「へたな刺激を與えるのが怖くて聲が出せない」と返って來た。
くそっ! なんて脆弱な神力なんだ、俺! 聲を出せ! 言うんだ! ここは傍観していていい場面とは思えない! 最悪の事態を回避せねば!
そんな俺の心の葛藤虛しく、後藤田が口を開いた。
兄と妹とVRMMOゲームと
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