《豆腐メンタル! 無敵さん》三日目七谷水難事件⑥

「はいはいはいーい。おしゃべりは止めー。席についてー。ホームルーム始めるわよー」

混沌とした雰囲気の中、教室に元気よくってきたのは留守先生だった。それを合図に、みんなが粛々と自分の席につく。

後藤田は席に座るなり頭を抱え、七谷はその後藤田に「たはは」と苦笑いを浮かべて座る。無敵さんはミイラのまま、座席に畫鋲でもあるかのようにびくびくと座った。黒野は全くいていない。俺はまたしてもクラスでの立場を悪くしたという思いから、ちょっと暴に腰を下ろした。

「あはー。今朝はみんな、活発ねー。そうそう。朝の教室って、やっぱりこれくらい騒がしくなくっちゃね」

教卓に出席簿をぽんと置いた留守先生はにっこにっこにーしていた。先生には、このクラスの雰囲気が、明るく楽しいものに見えていたようだった。

もの凄い節な目を持つ先生だ。この分では、無敵さんシフトに選抜されたメンバーが友達思いだということも、相當に怪しんでかからねば。人は自分の目で見極める。俺は固く心に誓った。

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「さて。まずは朝の挨拶だけど。日直のこととかはまだ決めてないから、差し當たってはクラス委員長さんがお願いね」

は。そういえばそうだ。先生が教室にってきたら、普通誰かが號令をかけるもんだよな。なにかが足りないって違和はこのせいか。これが無いとリズム狂うんだな、九年間も學生やってると。

とか思っている間に「きりーつ」って號令がかかるかと思ったが、教室はしーんと靜まり返ったままだった。あれ? どうした、委員長?

「おい、黒野。早く號令かけろよ」

まだなりたてでうっかり忘れてしまっているんだろう。そう思い、俺は右斜め前に座る黒野に聲をかけた。のだが。

「馬鹿なことを。留守先生の話を聞いていなかったのか、貴様? 號令は委員長がかけるのだ」

黒野は前を向いたままそう言った。

「いや、聞いてたからお前に言ってんだろうが」

むっときたのでちょっときつめに反論した。のだが。

「なぜ私が委員長だと決めつける?」

「なぜって……」

それは言えない。だって怒らせそうだから。怒るとどんな罵詈雑言が吐き出されるのか分からないのが怖い。黒野怖い。その直後、留守先生から衝撃の事実が告げられた。

「あら? 昨日、委員長はホズミくんに決まったのよ。先生、言ってなかったかしら?」

「ほら、黒野。先生もああ言ってるし、早く號令かけてくれ」

だが、俺はその言葉をスルーした。それはもう、ファンタジスタと呼ばれても遜ないほどの鮮やかさで。さぁ、蹴るんだ、黒野! キーパーとは一対一! 得意のループシュートを見せてくれ!

「寢ているなら目を閉じろ、ホズミ。クラス委員長は貴様だ。號令をかけるのは、貴様の仕事だと留守先生は言っている」

「なに? なに言ってんの、お前?」

黒野のシュートは自陣のゴールに突き刺さった。オウンゴールというやつだ。俺には黒野のシュートがドライブシュートさながら、とんでもない角度からぐぃんと曲がってゴールネット(俺のいたいけな心)を暴に揺らしたように見えていた。これは明らかに故意によるものだ。なので、俺は黒野を批難しなければならなかった。

「俺は寢てもいないし委員長になった覚えもねぇぞ。俺は全く正常だ」

「異常者というものは、みなそう言うものなのだ。心の目を見開き、現実を直視しろ。だいたい、そこまで拒否反応を示すほどのことでもないはずだが」

「……現実がけ容れられないみたいね、ホズミくんは。でもね。安心していいの。あなたをサポートする副委員長は、あなたの隣にいる人だから」

俺と黒野のやりとりが見ていられなくなったのか、留守先生が新事実を提示した。

「俺の隣? 隣って、今、タオルぐるぐる巻いてる変な人しかいないんですけど」

「そう、副委員長は無敵さん。前期のクラス委員長は、二人で仲良く頑張ってね」

「バカなっ……!」

こんなセリフ、本気で使う機會があるとは思わなかった。周りの景がぐにゃりと歪んだ。三半規管が異常を示した。座っているというのに平衡覚を失った俺は、椅子ごと真橫に倒れ込んだ。

「あ。危ないです、ホズミくん」

席と席の間に、人が倒れられるような余地は無い。自然、俺は無敵さんの肩に寄りかかるようなかっこうとなった。無敵さんは俺を抱き締め支えてくれた。ぎゅむ、と。これ、もしかしておっぱいのか? 昨日見た、あの、しいおっぱいの!

「はひー。ホズミくん、これは、あの、あれです。『委員長は休んでるヤツに押しつけろ理論』です。あたしたち、どうやらそれにはまったみたい、ですよ」

ほっぺたでぽよよんとしたを確かめる俺を、無敵さんの理論が打ちのめす。

なんてぽよよんとしてやがる!

……間違えた。

なんて稚なことしてやがる!

くそっ。高校生にもなって、まさかこんなことが罷り通るなんて。どうやって決めたのか知らないが、留守先生までがこんなことを許してしまうとは思わなかった。この先生、いい先生じゃないのかよ?

正直、クラス委員長なんて今までにも何回かやっている。去年だってやっている。だから、やること自、そんなに抵抗は無いんだ。

『大丈夫だよ、オトなら。みんな、オトの言うことには従うよ?』

「莇あざみ……飛鳥あすか……」

でフラッシュバックする莇飛鳥の笑顔。この時、俺はなんて答えたんだろう? 「當然だ」か? 「知ってるさ。俺なら余裕に決まってんだろ」か?

でも。

ただ、今は嫌なんだ。ただ、俺は嫌なんだ。

誰かに頼られたりすることが。

誰かに必要とされたりすることが。

普段はいてもいなくてもどうってことないのがクラス委員長だけど。もし、何かがあった時。意外と難しい舵取りをしなくてはならなくなることもある。

『分かった。クラス委員長はホズミだ。この件は、ホズミに裁いてもらおうぜ』

「勝手なこと、言いやがってっ……!」

蘇る記憶が真っ赤に染まる。これは怒りのイメージ、か。

その時。

「ききき、きりー、っつぅっ」

目をぎゅむ、と閉じた無敵さんが、掛け聲とともに立ちあがった。

「なにっ?」

無敵さんが立ちあがった反で、倒れかけていた俺は、がたたんと椅子を鳴らして元に戻った。

「む、無敵さん?」

馬鹿みたいに口を開けて見上げれば、目を固く閉じ、歯を食いしばり、拳を握りしめて直立している無敵さんがいた。

突然、なんの前れもなくかけられた號令に従う者はいなかった。靜まり返った教室では、ただ一人、無敵さんだけが立っていた。

「ふむ。面白い。今の無敵さんは、まるで“孤獨”というものを分かりやすく描いた絵畫のようだ」

ようやく振り返った黒野が、立ち盡くす無敵さんを笑いもせずにそう評した。

「黒野……」

うまいことを言いやがる。その分、俺の心には響いたな。いつも思うんだけどさ。このずき、って痛みは、どこでどうやってじているんだろう。

今の無敵さんは、“孤獨”を現化した存在、か。でも、俺には。“孤高”って言葉の方が、もっと相応しく思えるぜ!

「き、きりーつっ。き、起立です」

目を閉じてはいても、音とか雰囲気で分かるんだろう。誰も立ちあがっていないと判斷した無敵さんは、再び震える聲で號令をかけた。

だが、やはり誰も立ちあがってはくれなかった。

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