《豆腐メンタル! 無敵さん》三日目七谷水難事件⑧

ばん、と機を叩いて立ちあがった俺には、みんなの目に宿ったが見えていた。

「あ?」

「なんだよ、いまさら」

それは“敵意”。

昨日まではみんな、なんとなく「こいつ、あんまり好きじゃない」くらいにしか俺にじるところはなかったような気がする。それが、この號令で決定的に「嫌い」に変わった。今、くっきりと。それがはっきりと分かった。當然、立ち上がる者はいなかった。

「ど、どうしたんですか、みなさん? こ、今度は、ちゃんと委員長さんが號令をかけたんですけどぉ」

水を吸い込み過ぎてしんなりとしてしまった真っ白なタオルを適當に巻いた無敵さんが、あわあわと手を彷徨わせている。恥ずかしさからか顔を真っ赤にしている無敵さんからは、しゅーっと湯気が立ち昇っていた。

どんだけ熱くなってんだ、お前は。が沸騰してんじゃないだろな? 人間って、溫が四二度を超えると脂肪が固まって死ぬはずなんだけど。

しかし、なるほど。ここは進學校。ここにれたという自負が、おかしなヤツには従えないというプライドを生み出しているんだろう。最近なかなか耳にはしないが、エリート意識ってやつはまだこうして生き延びているわけだ。

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実際、ここに通っていると聞いた者は、みんなたいてい多なりともびっくりする。なにしろ全國的にも名の通った、歴史のある學校だから。

ふぅん。プライドを保つためには道理も無視、か。それがお前らのスタンスなわけだ? いいだろう。それが正しいのかどうか、俺がきっちり教えてやる!

「どうした? なぜ立たない? 留守先生が言っただろ? 號令はクラス委員長がかけなさい、と」

俺はこっちをチラ見している男子に向かってそう言った。そいつは「ふん」と鼻から息を吐き出し、そっぽを向いた。

「そ、そうです。なのに」

「悪い。ちょっと靜かにしててくれ、無敵さん」

「ははは、はふぅっ」

俺は無敵さんの援護を遮った。いや、本當に悪いとは思うけど。

お前は、もう十分に頑張った。ここからは、俺の仕事だ!

「言っておくが、ここで立たないやつは無責任ってことになる。いい加減なヤツってことにな。なぜだか分かるか?」

返事をする者はいなかった。ただ。

「くすっ」

窓際一番前の席に座る男の肩が、しだけ揺れた。

「何がおかしいんだ、阿久戸?」

「いや、なにも。話の腰を折ってしまってごめんよ。続けて、ホズミくん」

しだけ振り返った阿久戸の橫顔は、やはり綺麗としか形容出來ないものだった。阿久津の流し眼と、一瞬だけ視線がガチ合う。瞬間、俺の中に騒がしい警報音が轟いた。

「……なぜなら、俺はクラス委員長に立候補したわけじゃあないからだ。昨日、無敵さんの家に向かった俺には、クラス委員長をどうやって決めたのか分からない。しかし、例えば留守先生が推薦したとしても、クラスの誰かが推薦したにしても、それをお前らは良しとした。つまり、俺は民意に選ばれた存在であるはずだからだ」

阿久戸にじた不穏な印象を振り払おうとして、俺はつらつらと淀みなくそう語った。すると。

「推薦したのは七谷だぜ」

「は?」

そう教えてくれた後藤田は、間抜けな聲を出した俺に向かって親指をぐっと立てた。歯がきらんとっている。なにその爽やかな笑顔? 変態のくせに。

「そうなの! オトっちゃんを推薦したのは何を隠そう、アイドル菜々なのでしたっ! てへっ☆」

七谷が舌を出して自分の頭をこちんと叩いた。笑顔で。ものっ凄くいい笑顔で。だから、なんで笑ってんの、お前ら? この狀況、お前が作ったってことなんですけど。

「はぁっ? 誰がアイドルだっ! 違う、そんなことはどうでもいい。お、お前が、俺を委員長に推薦したのか、七谷ぃっ!?」

「てへへっ」

怒りボルテージ上昇中。あとしで必殺技が使えそう。お前ら二人、フルコンボでボッコボッコにしてやんよ!

「ちなみに副委員長に無敵さんを推薦したのは私だが」

「えええええ! く、黒野さんっ?」

中指で眼鏡をくいっと押し上げる冷靜な黒野に、無敵さんがびを上げた。

「無敵さんは黒野かよ! なんなんだ、お前らっ? どうして俺たちをこんな目に遭わせる?」

つい怒鳴ってしまった俺に、七谷は。

「えっ? だって、いなかったから」

「それ、無敵さんの推理そのまんまじゃねぇか!」

そして、黒野は。

「私はそんな理由で無敵さんを推薦したわけじゃない。ただ、決めるのに意外ともめてな。私が早く帰りたかったのでそうしただけだ。観たいテレビがあったので、やむを得ないことだった」

と、至極當たり前のようにそう答えた。え? 録畫できないの、お前んち?

「全然やむを得なくないですよっ! もっとちゃんと話し合いましょうよぉ!」

無敵さんが激しく突っ込んだ。相當ショックをけている。確かに、この理由は酷過ぎる。結局は「いなかったから」なんだけど、それを悪用するに気が咎めたという形跡が黒野にはなかったから。

「……お前ら、いじめっ子か? 敵なの? 味方なの? どっち?」

たまらなくなり、俺は溜め息じりに黒野、七谷、後藤田を順に見た。

「菜々はオトっちゃんの味方だよっ!」

七谷はぴしっと俺に敬禮した。迷いがねぇ。意味不明。

「俺? や、やめろよ、ホズミ。こんな公衆の面前で、そんなことが言えるかよ」

後藤田は頬を朱に染めてを捩った。もういい。お前は死ね。

「敵か味方か、だと? そんなもの、どちらでもないに決まっている。お前の言いたいことが分かるから、私はこうして起立した。こんなこと、もうどうでもいいだろう? それより、この空気をなんとかしろ」

腕を組んだ黒野は、ぷいっとそっぽを向いた。偉そう! どうでも良くないことしたって自覚がねぇ! ……が。

「この空気、か」

言われて、教室に目を戻す。

「くくっ。バッカじゃねーの?」

「無敵さん係、部分裂? くっすくす」

微かに。

教室には、嘲笑が充満しつつあった。

「…………」

留守先生は、かない。

何を考えている? この先生、一……?

「ふふっ」

「阿久戸……」

なぜだかは分からないが、阿久戸の含み笑いは良く俺の耳につく。その度、心がざわめき始める。と、ここで無敵さんが昨日休んだ理由を思い出す。

『誰って。阿久戸くんですけど』

そうだ。昨日、無敵さんを“休ませた”のは、阿久戸だった。元はと言えば、そのせいで、今、こんな狀況になっている。では? まさかとは思うけど。

これは、阿久戸の意図したところ、なのだろうか? もしそうだとしたら、なぜ、なんの為に――?

まぁいい。今、それを考えていても仕方がない。このままでは、このクラスは間違いなくおかしくなる。何度となく、幾度もそういうクラスは見てきている。その俺の勘が、そう告げている。

すでにおかしなヤツが何人かいるけど。無敵さんとか、無敵さんとか、あと、無敵さんとか。それでもなんとかしなければ。

「そうだな。ひとつ、なんとかしてやるか」

黒野に応え、俺は正しく前を見據えた。

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