《豆腐メンタル! 無敵さん》阿久戸志連宣戦布告⑥

ぱん、ぱん。

「宗像?」

そんな靜寂を破ったのは、宗像の手を叩く音だった。

「……なるほどな。それなら號令に従うことにも納得出來る。日本が“特殊”? いいじゃあないか、それでも。外からはどう映ろうとも、“奇跡”を起こせる特殊ならッ!」

宗像がにやりと笑んだ。気障ったらしくウィンクまでした宗像だが、嫌味は微塵もじない。

「宗像、くん」

無敵さんが微笑みかける。嬉しそうに。満足そうに。

「ふっ。本當は撤廃論を用意していたんだが……。まぁ、それはまた今度披することにしとこうか」

宗像が、ゆっくりと立ち上がる。”賛”を示すべく、立ち上がる。爽やかに、負け惜しみを言いながら。お前、本當に反論を思い付いていたのかよ? どうも怪しい気がするけど。ま、いいか。これで、ひとまず落著だ!

見渡せば、クラスの全員が立っていた。照れ隠しか、枝を気にする振りをして立っている子もいる。

「良かったね、オトっちゃん」

七谷も笑っている。俺に笑いかけている。

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「ああ」

と、返事しようとして振り返った瞬間、俺の視界の端を、阿久戸志連が橫切った。

「……っ!」

阿久戸は。阿久戸だけは、立っていなかった!

阿久戸は、俺を鬼かと見紛うような形相で睨んでいた。俺は思わず息を飲む。ぞわっと全が開いていた。

「どうした、ホズミ?」

「後藤田。……いや、別に……」

ここまで一切役に立たなかった後藤田のおで我に返る。それにしても、本當に役立たずだったなぁ、お前。こいつ、結局ただのホモ×妹ラブキャラだったのか。今後も活躍しそうにないな。俺は後藤田をそう見切り、無敵さんを労おうとして聲をかけた。あと、お禮も言わなくちゃ、だよな。

「やったな。お疲れ様、無敵さん」

ぽん、と肩に手を置いた。そっとだ。いやらしい気持ちなんてないぞ。なのに。

「は、はいー……」

「む、無敵さん?」

無敵さんは、ふわー、と橫に傾いた。そのまま。

「無敵さんっ!」

だん、と派手な音を立て、教室の床に倒れていった。

「どうした、無敵さん!」

膝を付き、急いで無敵さんを抱き起す。

「熱い……? お前、凄い熱じゃないか!」

すぐに伝わったのは、無敵さんの異常に高い溫だった。無敵さんの「はぁ、はぁ」という苦しげな息遣いが、俺のを締め付けた。お前……。こんな狀態で、あれだけの話を……?

そうか。こんな、まだ寒いくらいの季節の朝に、頭からあれだけの水をかぶったからだ。でも、俺は別になんともない。俺って馬鹿なの?

違うな。そういえばこいつ、昨日も湯上がりにバスタオル一枚で外にまで出て來ていた。風邪をひく下地は、すでにあったってことだ!

「ホ、ホズミ、くん……?」

「ああ、俺だ。ここにいる」

そう返事をした俺の目の前で、無敵さんが、目を。

見開いた!

「まずい! 隠せ、ホズミ!」

「あ? お、おう!」

剎那、鋭く飛んだ黒野の指示で、俺はとっさに無敵さんの目を手で隠した。すると。

「あー! なにやってんだよ、ホズミ!」

「ひどい! 無敵さんを死んだことにしたいの、アンタはぁっ!」

「へ? え? あ!」

無敵さんを心配して集まったクラス中から、俺は非難轟々の集中砲火をけていた。ホントだ! これ、死人に「安らかに眠れ」ってやるときの作だぁ!

「またやってしまったな、ホズミ。ぷーくすくす」

「黒野ぉ! てめ、何がしたいんだぁ!」

俺はもう涙目だ。こんなに見事にはめられて、悔しくないはずないわけない。もう何言ってるのかも分からない。

もういい。ミカサの言うように、この世界は殘酷なんだ。しょうがないじゃない。頼れるのも信じられるのも自分だけなんだからっ!

「ホズミ、くん……。あたし、また、やっちゃった……。ごめんね。あたし、『セリカ』にはもうならないって、約束してたのに……」

「無敵さん?」

うわごとか? ぼそぼそと呟かれる無敵さんの言葉の意味が、俺にはうまく理解出來ない。

「でも。でもね。あたし、上手に“演じた”でしょ? だから、そんな目であたしを見ないで。どうして? みんな、どうして、そんな、恨めしそうに、あ、た、し、を……」

「無敵さん! しっかりしろ、無敵さん!」

くそっ。これは相當きてるぞ。記憶の混濁が起こってる。とはいえ、片手は目を隠してなきゃならないし、これじゃあ自由にけない。

「大丈夫。大丈夫だよ、無敵さん。ここには、お前を憎んでいるやつなんか一人もいない。だから、ゆっくりと、安心して、目を、閉じて。俺に任せて、目を閉じるんだ」

とにかくこの目をどうにかする為、俺は無敵さんの耳元で囁いた。それがやっぱり良くなかった。

「おおおいっ! ホズミ! お前、どさくさに紛れてキスしようとかしてんじゃねぇ!」

俺は後頭部をどつかれていた。ゴン、とか鈍い音がした。すげぇ痛い。

無敵さんの為に何かをすると、不幸が俺に振りかかる。この世界は、そういう風に出來ている。とらドラの竜児と大河もそう言ってたから、俺はそう確信した。

「とにかく、まずは保健室に」

それでもなんとか無敵さんの目を閉じさせるのには功した。そう思い、立ち上がろうとした時だった。

「どいて、オトっちゃんっ! ぼーっとしないのっ!」

「ぐはぁっ!」

いきなりだった。俺は七谷に弾き飛ばされ、無敵さんを奪われていた。

なんでやねん! 俺、運ぼうとしてたやん!

「先生!」

無敵さんをお姫様抱っこして立ち上がった七谷は、留守先生に呼びかける。

「行きなさい。急いで!」

留守先生は腕を橫に振り払った。「薙ぎ払え!」ってセリフもしっくりきそうなかっこいい作だ。

「はぁいっ」

七谷は元気よく返事をして走り出す。

「お、ま、待て」

七谷に勢を崩されたせいで、俺は遅れて走り出す。

「七谷さん。それは僕の仕事だよ」

俺たちの後に、阿久戸が続いて駆け出した。

「仕事? お前の?」

教室の後ろ側のドアから廊下に出たところで、俺は阿久戸に問いかけた。

「そうさ。僕は保健委員だからね」

阿久戸が爽やかに微笑んだ。なぜだか寒気を覚える笑顔だ。

「あー。そーいえばそーだったねー。でもさ、阿久戸くん。無敵さん、男の子にこんな風に運ばれたら、きっと凄く恥ずかしいんじゃないかって。菜々は、そう思うんだ」

小さくて細い無敵さんは、きっと軽いに違いない。だとしても、その無敵さんを軽々と抱っこして颯爽と駆ける七谷に、俺はかなり驚いていた。

「なるほど。そうかも知れないね。じゃあ、ここは七谷さんに甘えさせてもらおうかな。でもね、ホズミくん」

「ん? 俺?」

保健室は、一階の玄関から一番遠い端にある。1年1組の教室の隣にあった。俺たちの3組から、今は2組の教室前を、俺たちは疾走している。春の日差しが差し込む廊下は、俺たち三人の忙しない足音だけが支配していた。

「ホズミくんは、保健室にまで付き添う理由がないんじゃない? ここは僕たちに任せて、もう教室に戻ったら?」

阿久戸はそう言って「くすくす」と愉快そうに笑った。

「うえ? あ、そ、そう?」

不意を突かれた俺は、妙な聲を出していた。

「そうだよ、オトっちゃん。ここは菜々たちが引きけたっ。だから、先に教室に帰ってて。それとも、どうしても一緒に來たい? む、無敵さんが、き、気になる、の?」

「ぬええ? ば、そ、んなワケ、あるかよ」

こっちにも、「ぬええ」とか言っていた。なんだよ「ぬええ」って。新種の深海魚かなんかなの? 揺の仕方が分かりやす過ぎて、自分で自分に突っ込むわ。

いや、でも、ぶっちゃけ気になる。このまま、無敵さんを放ってはおけないような気がしてる。七谷もいるし阿久戸もいるんだから、任せておけばいいって理では思うのに。なぜだろう。俺の“本能”が、「俺じゃないとダメだろ?」ってぶんだ!

だから。

「う、うっさいな、二人とも。俺はクラス委員長なんだ。だから、クラスの誰かに問題があれば、最後まで確認するのが當然だろ」

俺は半ばヤケクソになっていた。いいや、もう。多強引になったって。形振りなんか、構わねぇ!

どーせ俺なんて「ドSでホモで覗き魔なエロ絵師」なんだし、今さらしくらいかっこつけたってどうにもなるもんじゃねーだろ。つくづくオワタ。

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