《豆腐メンタル! 無敵さん》阿久戸志連宣戦布告⑧

「ああーん? オトっちゃんのせいじゃあないぃ? きみ、”あの事件”のこと知ってるのぉ? 詳細な真相まで、知ってるのぉ? ねぇ? ねぇ? ゲラゲラゲラゲラ」

阿久戸は、下品な高笑いを保健室いっぱいに響かせた。

これが、阿久戸? あの、大人しくてどこか貴公子を思わせる、阿久戸志連だっていうのかよ? 阿久戸の本だって言うのかよ……? く、くそ。こんなやつに。こんな下卑た野郎に、何が分かるっていうんだ。このまま、言われっぱなしでいいのかよ? 反論しなければ。反論するんだ、俺!

「おい、阿久戸。お前がどこまで知っているのか、俺には正直良く分からん。でもな。これだけは言っておきたいことがある。さっきのセリフ、莇から聞いたのか? だとしたら、“その先”は知らないのか?」

俺は死力を振り絞って聲を出した。もう、はっきり言って吐きそうだ。しかし、これだけは言ってやる。

「さっきの? ああ、『間違った人が寛容される』ってやつかい? あれは聞いたというか、“盜聴”してた。僕はね。莇飛鳥のカバンにね、盜聴を仕込んでたんだ」

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「なるほどな。お前、俺以上の下衆野郎だな」

「俺以上の、なんてご謙遜だね。僕にはあんなにたくさんの不名譽な二つ名、つかないから。そうならないよう“演技”してるし。僕、そういうのって得意なんだ」

「そいつは最低なニュースだな。その演技で、クラスメイトを騙してるんだ」

「そうだね。みんな、僕の笑顔にころっと騙されてくれるから。バカっていいよね、やりやすくって。ゲラゲラゲラゲラ」

なんて糞悪くなるヤツなんだ。ラノベじゃこんなの當たり前に登場するけど、リアルでお目にかかれるとはな。想として、絶対會いたくなかったってのが正直なところだが。

「ずいぶんと頭に自信があるようだな。無敵さんを昨日休ませたのも、今日のこの狀態を作り出すためだったのか?」

「くす。僕にそこまで予測する力はないよ。偶然さ、偶然」

どうだか。こいつの話を聞いていると、どうもこのクラスには、すでに意のままにれるやつが何人かいそうだし。うお、こええ。マジかよ、こいつ。こう考えるととんでもねぇぞ。

「まぁいい。お前が誤解しているようだから教えておいてやるけどな。俺は『正しくある』なんてこと、莇飛鳥と約束してはいない」

「知ってるよ、そんなこと。もちろんね」

「なに?」

「約束は『あたしのことは忘れていいよ』でしょ? でもきみは『俺は絶対に忘れない』って答えた。これって『生涯お前しかさない』ってことなんでしょ? くすくす。凄いよね。中學生が、こんなことを言うなんて」

「お、おう……」

赤面した。改めて人の口から聞かされると、超スーパー恥ずかしかった。今なら無敵さんとより良い自殺の方法をマジで議論出來ると思ったよ! うわあああああ!

「僕が怒っているのは約束がどうこうってことじゃあないよ。頭が悪いなぁ、ホズミくん。きみが『正しくある』ことで死ななければならなくなった莇の為に、きみには正しくいてもらわなければ困るんだ。僕はそれで怒っている」

俺は黙って阿久戸を睨んだ。お前の言いたいことは分かる。分かり過ぎるほどに分かっている。でも、だからこそ素直には頷けない。認める気には、なれない……。

「な、なんなの? なんなの、阿久戸! あんた、オトっちゃんをどうするつもり!? オトっちゃんは! オトっちゃんは!」

七谷が怒りをわにび出した。どうしたんだ、七谷? お前、どうして泣いている!?

「オトっちゃんは! ただ、普通に靜かに暮らしたいだけなんだよっ!」

「そんなの、僕が許さない」

阿久戸が冷たく言い放つ。冷厳とした口調は、人を寄せ付けないものだった。

「じゃあ! こっちも、そんなの許さないっ!」

対して、七谷は炎のようだ。くるくるウェーブヘアが、逆巻きそうな勢いだ。

「じゃあ、きみは僕の敵ってことになるね。でもさ。どうしてそんな男を庇うんだい? きみは本當に知ってるの? その男が……」

阿久戸の顔が、邪悪に歪んだ。

「その男が、“人殺し”だっていうことを!」

ぷちんと。

何かが切れた音がした。

そして。

「ぐあっ!」

鈍い音と共に、阿久戸が保健室の壁に叩きつけられていた。顔はぐりんと不自然に橫を向き、首が捻じられるような形になっている。阿久戸が叩きつけられた薬棚のガラスが割れ、いくつかの薬品が転げ落ち、ぱりんと床でぜていた。俺は阿久戸の反対側へと振り返った。そこには。

「七谷!」

七谷は、右の拳を突きだしたまま、「はぁ、はぁ」と荒い息を吐き出していた。左の拳は腰のあたりに引かれている。それは鍛えられた者のみが持つ形だった。

毆った? こいつ、阿久戸を毆り飛ばしやがった!

無敵さんにボディを毆られた時には「ボクサーみたいだ」と思ったが、七谷の場合は「空手家」だ。素人目にも分かるほどにしい正拳突きが、的確に阿久戸の頬を打っていた。

「オトっちゃんは! 人なんて! 殺してないっ!」

七谷は大粒の涙をぼろぼろとこぼし、子どものようにんでいた。

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