《豆腐メンタル! 無敵さん》阿久戸志連宣戦布告⑪

「だってさ。むしろその方が都合がいいんだ、僕にはね。これからホズミくんをとってもとぉっても苦しめる、楽しいゲームの為にもね。ふふふふふ」

うわぁ。嫌な予しかしない。それも特大。

悪役が板についてきたなぁ、阿久戸。「ふふふふふ」なんて含み笑いがそんなに似合う人間も珍しいぞ。これ、マジで現実? こいつ、魔法でラノベから抜け出してきたキャラクターだったりしないかな? そしたら間違って殺しても、この世界の住人じゃないから罪に問われなかったりするかもだし。

「ゲーム、だって。菜々、ゲームって苦手なんだけど。オトっちゃんは得意なほう?」

七谷が俺のネクタイをきゅっと引いた。おい。苦しいんだけど、それ。

「リアル格ゲーなら、得意なんだけどなぁ……」

そして、ぞっとしないことを呟いた。得意言うなよ、お前。思わずビビっちまったじゃねーか。お前がそれをプレイしてるとこ、ちょっと見てみたいとも思ったけど。出來れば短いスカートのままでということもお願いしたいところだけど。

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「ま、ゲームなら、一応、全般的に得意な方だ。阿久戸が何を言い出すつもりか知らないが、俺に任せてくれればいいさ」

七谷があまりにも不安そうだったので、お調子者の俺としてはやはりこう言うしかない。

べ、別にかっこつけようとか、いいとこ見せようとか思ったわけじゃないんだぞ。なにしろ俺って常軌を逸した一途さが自慢の一つなんだから。いや、噓も得意な方だけど、これは噓じゃないって。マジマジ。

「ふぅん。ゲームが得意なんだ、ホズミくん。でもね、これから強制的に參加してもらうゲームって、マスターは僕なんだ。ルールは僕が決められるし変えられる。僕は、きみたちにとって神にも等しい存在になるんだよ? 勝ち目なんか、絶対に無いゲームさ」

「そうか。じゃあ、辭退させてもらおうか」

「オトっちゃん!? まだ詳しい説明すら始まってないよ!」

すぐさま尾を巻こうとした俺に、七谷が激しく突っ込んだ。

「だってさ! 勝ち目がないって言ったんだぞ、あいつ! そんなんゲームって言わないだろ! 格ゲーでいうところのリンチ狀態になるんじゃないの?」

「だからって逃げるの早すぎだよ、オトっちゃん! あいつ、超ムカつくじゃん! もうし意地を見せようよ! そんなの、菜々の知ってるオトっちゃんじゃないし、もう幻滅ってじだよ!」

「でも、負ければもっとムカつくぞ。それなら最初から參加しない方がいいだろう?」

「くす。バカだなぁ、ホズミくん。強制だって言ったでしょ? きみたちはね。もう逃げられないし、參加するしかないんだよ。僕が、復讐を果たすためにね!」

阿久戸が、芝居がかった所作で両手を広げた。恍惚とした表は「この時を待ちんでいた」とでも言いたげだ。

「ゲームといっても、『ゲーム理論』をそのまま現実に當てはめたゲームさ。ボードゲームやアプリのようなものじゃない」

そして、阿久戸はおもむろに説明を開始した。

「僕は、『ゲーム』を申し込む。きみたちにとってはとても不利で、僕にとってはこの上なく有利な『ゲーム』をね。それは『囚人のジレンマ』!」

それは初日の帰り際、下駄箱で阿久戸から言われたことだった。今でも俺には意味不明なこの言葉。それが『ゲーム』? ますます意味が分からない!

「そんなに心配そうな顔をしなくっても大丈夫。ルールは簡単さ。ホズミくん。無敵さん。七谷さん。きみたち三人の知られたくない『過去』を、今、僕が握っている。そんなきみたちは囚人って立場にある。そして、この『過去』が、ゲームの肝であるジレンマをも構する」

「結局は“脅し”や“ゆすり”の類じゃないか、それ? 今、七谷にしたのと同じだろ?」

俺はあえてそういったきつい表現を用い、阿久戸の良心に訴えかけた。

「そうだよ。それがなにか?」

が、阿久戸にそんなものはもう殘っていないらしかった。通常の覚であれば“卑劣”“卑怯”としてブレーキをかけてしまいそうな手段でも、阿久戸は平気で使えるということだ。

こいつが何をしたいのか、俺にもおぼろげに見えてきた。同時に冷たい汗が背中を伝った。暑くもないのに出る汗は、やたらと気持ちが悪かった。

「僕はきみたちの『過去』を、みんなにバラす。するとどうなるんだろうね? 『ヤンキー』はともかくとして、『人殺し』に、『大スター』だよ! きっと、まともな學園生活なんて送れやしない! 最悪、自主退學なんて道まで考えちゃうくらいに苦しむんじゃないのかなぁ? もしかしたら、自殺だってあり得るかもよ? く、くくっ……、ゲラゲラゲラゲラ!」

「な! お前、そのことまで!」

「大スター? 誰が?」

七谷がきょとんとして小首を傾げた。さらさらみょいんとしい茶髪が揺れた。そして、眠っていたはずの無敵さんの目が、すぅ、と開いた。

「……ダメ。ダメです、ホズミ、くん……。そのゲームは、必ず、みんなが……、不幸に、なる……」

絶え絶えに呟かれた無敵さんの聲が、俺のに不吉な暗い影を長くばした。

――こうして。

開始三日目にして、俺の學園生活はんでいた“普通”から大きく逸れ出したのだった。

『私は、オトを許さない。正しいオトを、許さない。真実の優しさが殘酷だっていうのなら、私はそんなものしくない!』

莇飛鳥の悲痛な聲が、俺の脳で跳ね回った。

これが俺への罰だというのなら。阿久戸が、その使者であるというのなら。

俺は。

負けない。

絶対に、負けるわけにはいかない!

「苦しむといいよ、ホズミくん。恨みの業火に焼かれ、悶え苦しむといい。僕はその様を見下ろして心の底から笑うんだ。莇飛鳥と一緒にね!」

阿久戸志連との戦いは、その言葉と共に幕開けした。

そして、無敵さんとは。

やはり、戦わねばならなかった。

やりたくなくても、やらなければならなかった。

傷つきぼろぼろになった無敵さんの心は、そうすることでしか救えなかったのだから――

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