《豆腐メンタル! 無敵さん》薬袋水無人傍若無人①

學四日目。昨日は朝から水を被せられたりクラス委員にさせられたり阿久戸に宣戦布告をされたりで濃すぎる學園生活を過ごしている俺は、もうお腹いっぱいなのですぐにでも卒業あるいは転校などで靜かな余生を送りたいとじていた。タイムリープでもして一気に年金生活者の立場になりたいとも思っている。わりとガチで。

無敵さんはあの後留守先生に車で家まで送ってもらった。なにしろ一人暮らしの無敵さんだ。お迎えに來てくれる家の人など存在しない。ひょっとしたら俺に「送ってあげて」って言ってくるかもと思ったが、留守先生はまだ俺が無敵さんと同じマンションに住んでいることに気が付いてはいないらしい。

七谷に毆られた阿久戸は、帰ってきた保健室の先生に「どうしたの、それ?」と驚かれながら聞かれたが「あはは。ふざけていたらちょっと足をらせて転んじゃいました」と爽やかスマイルでさらりと噓をついていた。そこで「七谷に毆られた」とチクったりしない辺り、やはり阿久戸は恐ろしい。そんなことを言えば事の顛末を掘り葉掘り聞かれることになっただろうし、それで理由が判明してしまっては阿久戸のゲームがり立たなくなるからだろう。

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七谷もそれは察したのか「もー。阿久戸くんって、結構ドジっ子屬なんだからー」なんてさり気なく腹が立ちそうなことを言いながら、割れてとっちらかった薬品類のビンなどの掃除を手伝った。こいつ、いいやつだと思ってたけど、嫌いな相手には結構キツい。あの阿久戸が「あ、あはは。ドジっ子って」と頬をピクピクさせていたから。

俺だったら「おめーのせいだろーが!」とか怒鳴ってる。毆っといて「ドジっ子」で片付けられちゃたまらんわ。これから俺たちを脅してくる相手を更に煽って挑発するとか、七谷の気の強さはかなりのものだ。さすがは元空手チャンプのイケイケヤンキー。七谷、怖い。

で、翌日。つまりは今日。そして朝。快晴。空は真っ青。すごく気持ちのいい朝だったが、登校しようとマンションのエレベーターを降りた俺の顔も真っ青に染まっていた。

「よぉ。また會ったなぁ、てめぇ」

シャトーロータスのこじんまりとしたエレベーターホールには、一昨日俺を追い回したデルモ男、てかイケメン暴帝が腕を組んで待ちけていたからだ。

タイトな黒スーツをびしっと著込んだ姿は、相変わらず凜々しくてかっこいい。俺がなら惚れていてもおかしくない。まぁ、付き合いたいとは思わないだろうけれど。こういう男と付き合うのって疲れそうだし、なんかおかしなことに巻き込まれて人生を踏み外しそうだし。朝ごはんとか作ってあげても「こんなしょっぱい味噌が飲めるかぁ!」ってちゃぶ臺ひっくり返されそうだし。もう不幸になる予しかしないし。

「ふ。やっぱ、用意しといて良かったぜ」

ほら、やっぱり。鼻で笑う余裕のイケメン暴帝、懐から拳銃なんか取り出しちゃってるもんね。こんなもん持ってるヤツと付き合ったら、人生がリアルに劇場化しちまうぞ。Vシネの登場人としての人生だ。もう死ぬしかない。

「えっと。そ、それをどうするつもりです?」

分かっちゃいるけど聞いてみた。もしかしたら「うん。自分の頭を吹き飛ばそうと思うんだ。見てて見ててー!」なんてサイコな展開もあるかもしれないから。

「ま、こうするしか使いようがないわな」

が、そんな俺の期待はやはりバッチリと裏切られ、拳銃の銃口は俺の額にぴったりと押し當てられてしまったわけで。「姉さん、事件です」なんて手紙で知らせている暇も無いわけで。

「はぁん。おめぇ、あんまりビビってねぇようだが、これが偽だって思ってるか?」

「……希的観測ですけど……。てゆーか、そう思うことで現実逃避しないと、怖くてオシッコ出そうですから」

慌てるな、俺。相手はまだ會話してくれるだけのゆとりを持っている。ここはギリギリまで出來うる限りの會話をするんだ。積極的なコミュニケーション。ネゴシエーションはここから始めるもんなんだからな。

「殘念だったな。こいつは正真正銘、モノホンの拳銃だ。つっても、殺傷能力があるってだけで、能的にはカスのカスなんだけれどもな。〈黒星ヘイシン〉って知ってるか? 中國製の、悪なトカレフのことなんだけどよ。ちぃっと前に、これが日本に大量に輸されたって事件、覚えてねぇか? ほとんどが暴力団に回った銃だが、これもそのうちの一つでな。が、どんだけゴミみたいな銃でもよ、こんだけ近くでぶっ放ちゃ、確実に相手の命を奪えるんだぜ」

聞き覚えのある銃だった。そういえば俺の大好きなラノベに登場していた気がする。ヴァーチャルMMORPGでの戦いを描いた傑作ライトノベル。あれの中の〈デスガン〉ってキャラが使ってた銃じゃんか。あれ、ゲームで撃たれるとリアルでも死ぬんだよな。なんつー恐ろしい銃だよと思ってたら、まさか俺が実際に突き付けられるとは。ファンとしては激だけど、それで死ぬのはゴメンです。ホント勘弁してください。

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