《豆腐メンタル! 無敵さん》空手七谷人供②
そして、學四日目が始まった。教室に、無敵さんの姿は無い。良し、予想通りだ。「良し」なんて思うの無敵さんには悪いけど、やはり、風邪はそんなに軽くなかったらしい。これなら、放課後までは平和に過ごせるに違いない。機の橫に鞄を引っ掛け、俺は「ほ」と息をついた。
朝の教室に「じゃじゃーん」とか言いながら留守先生が登場するや、俺は「起立」と號令した。昨日、無敵さんの頑張りによって決まった通り、みんな素直に席を立った。最前列の阿久戸も、何食わぬ顔で立ち上がる。あいつ、昨日は一人だけ賛を表す起立をしていないんだが、無敵さんが倒れたから有耶無耶だ。ま、いい。蒸し返さないでくれるならその方が助かるし。と、そんな俺の穏やかな気分は、留守先生によって即座に打ち砕かれるのだが。
「おはよー、みんな。では、一昨日予告していた通り、今日は朝から一日実力テストを行いまーす」
留守先生が、開口一番のたまった。俺はそれを聞いて石化した。留守先生は、うきうきと俺限定で効く石化呪文を行使したのだ。こうなると俺に出來ることは無い。仲間にディスペルしてもらわない限り、俺はずっとこのままなのだ。
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「どうした、ホズミ? 顔が室の石膏像みたいになっているが、石化中か?」
前の席の生徒から渡された問題用紙を後ろに回すため振り返った黒野が、俺に下卑た笑みを向けている。こいつ、絶対分かってて聞いている。なんて楽しそうなんだ、この野郎。
「あ、今日無敵さんお休みだよね。オトっちゃん、黒野さんからプリントもらって、菜々にちょうだい。ね、オトっちゃん。オトっちゃんてば」
黒野の後ろは、無敵さんの席だ。しかし、欠席しているため、七谷までプリントを回せない。だから七谷は無敵さんの席の隣にいる俺を使おうとしている。のだが、俺は生憎石化中だ。俺んとこにも前から問題用紙回ってきたけど、け取る気にもなれないんだよ!
「ははは。なんだ、ホズミ? 目が腐った魚みたいになってるぞっ。もしかして、勉強していないのか? 仕方がないやつだな。この學校、舐めてんじゃないのか? はっはっは」
「あ、ありがとー、ゴトっちゃん。えー? オトっちゃん、勉強してないのー? バッカだなー、あはははは」
見かねた後藤田が、俺の代わりに黒野から用紙をけ取り、七谷に回した。後藤田は無敵さんの席の右隣、俺の席の反対側だ。
ちょ。頭にクマ乗っけてるアホにまで笑われるってどういうこと? てか俺、こんな予定聞いてねーし。だから勉強なんてしてねーんだ。徹底的な一夜詰め込み型の俺にとって、これはもう絶絶命。立機裝置付ける暇もなく超大型巨人と戦うくらいの絶だぞ、これ。
なんで俺だけ知らないの? おととい予告してたって? あ、もしかして、俺が無敵さんちに行ってる間か? そう言えば、結局部活の報も何も得ていないぞ、俺って。留守先生、俺のこと完全に忘れてるよね? 男は都合よく使った挙句、放置かよ。ぷるぷるしている俺と目が合っても「?」って首を傾げて屈託なく笑っているあたり、留守先生って天然の王様気質なんじゃねぇのか。しかも中途半端に。どうせなら、ヒールで踏みつけるとこまでやってくれよぉ!
「はい。みんな、問題は行き渡りましたね。出題範囲は言っておいた通り、中學でやってきたこと全般です。非常に広い分、本當に重要だと思われるところしか出ていませんので、うちに合格した皆さんなら問題ないはずですよっ。頑張ってね。では、始めっ」
裏返されていた問題用紙の一斉にひっくり返される音が、教室に満ちた。と、ここで一つ気になる疑問が生じたので聞いてみる。
「あ、留守先生」
「あら? なーに、ホズミくん?」
「無敵さん、今日お休みなんですけど、テストけられないとどうなるんですか?」
「もちろん、再試をけてもらうことになるわ。あと、赤點の人は追試だから、多分一緒にやることになるわねー。ちなみに、追試は合格點に達するまで永久に続きますので、そのつもりでね」
「そうですか。って、え? 永久に?」
「そうよ。一回目の追試は、合格點が60點。二回目は70點。三回目は80點」
「え? それだと、5回目には?」
「100點取らないと、合格出來なくなりますねー。まぁ、ずっと同じ問題を出すので、よっぽどじゃないとここまでにはなりませんよ。ただ、この追試システムは、うちの試験全部に適用されますから」
「て、ことは?」
「へたをしたら、年がら年中、ずっと追試をけている、なんて狀態になるかも。うふふっ」
留守先生はそう言うと、妖艶な笑みを浮かべた。な、なんだろう、この意味ありげな……。はっ。もしかして、これは俺に追試をけさせたいってことでは? 追試を擔當するから、來なさいということか? 回を重ねるたびに追試をける生徒が減り、やがては俺と留守先生の二人きり、なんて狀況に。夕焼けが染め上げる教室には、俺と留守先生の二人きり。試験中なんだから、誰かがってくる心配も無く……。
「そんなの、やるしかないだろぉっ!」
「ひゃあっ? ちょっとホズミくん、試験中は靜かにね!」
妄想にり込みすぎて興してしまった俺は、盛り上がった心のままについんで席を立っていた。留守先生はびくっと肩を震わせると、涙目ながら気丈に俺を注意した。
「うるせぇな、ホズミ」
「どんだけ目立ちたがりなんだ変態め」
「今日も無敵さんとこ行けよあの野郎。で、またイラスト描いてくれ」
他のみんなは、問題用紙に向かったまま、俺への呪いを吐き出していた。ただ、昨日、約束通りピクシブにアップした、無敵さんプロポーションイラストだけは好評だ。そろそろコミケとか參加しようかな。この高校に、そういうサークルがあればいいのだが。
「そうね。追試が嫌なら、頑張るしかないものね。そんなホズミくんの気合はよく伝わったけど、それは問題用紙にぶつけてね」
「あ、はい。すいません頑張ります」
俺はエロティックな笑みを見られぬように、慌てて著席した。頑張るのはここじゃない。ぶつけるのは、俺の留守先生に対する劣なんだからな。勉強、してこなくて良かったなぁ。テストがこんなに楽しいなんて初めてだ。全然解く気がないんだもんね。とか考えていたら、後頭部に激痛が走った。
「いでぇっ!」
「ホズミくん」
「あ、すいません」
留守先生に睨まれた。他の生徒にも一斉に睨みつけられた。反的に謝ったけど、一何が起きたんだ? と、何かが転がる小さな音がしたので床を見る。それは先の鋭く尖った鉛筆だった。どうやらこれが、俺の後頭部に刺さったらしい。痛みの走ったところを押さえていた手を目の前にまで持ってくると、ちょっとがついていた。刺さってんじゃねぇかよ、あの鉛筆。誰の仕業だこの野郎。そう思い振り返ると、目を吊り上げた七谷と視線がぶつかった。
「……へんたい」
「え?」
それだけ言うと、七谷は顔を伏せてシャーペンを走らせだした。どうやら俺の妄想は、七谷に見かされていたらしい。エスパーか、お前は。もしこんなやつと結婚したら、三日と生きていられる気がしない。俺、この手の妄想なんてしょっちゅうしてるし。
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