《學園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが》第十一話 見られるのは恥ずかしい……ですわっ!

「あああ……」

俺は無意識に出てくる聲を上げながら湯船に浸かった。今日も実に気持ち良い。

壁際に背中を預けてから両手で顔を拭く。以前、顔馴染みの常連客に「おっさんらしいな」と笑われたが、これをしなくては一日は終われないと思う。

「さて……」

まだ早い時間のせいか、男湯には俺しかいなかった。四肢を思う存分ばし対・岸・をぼーっと眺める。

の風呂場は完全な壁で遮られている訳ではなく、天井に近い部分は開いているため、よじ登れば一応覗くことは可能だ。もちろん俺は覗きなんてしないけれど、隙間がある故にれるもいくつかあるのだ。

「あらまあ、白くて綺麗なねぇ。ピチピチで羨ましいわぁ」

芳子さんの甲高い聲が突き刺さってくる。恐らく風呂場の設備を説明しているのだろうけど、聲だけ聞くとただの変態オヤジだ。専屬メイドがいた程のお嬢様にセクハラとは良い度である。

「いえ、私はそんな……」

「おっとこっちも……。まあ素敵なおっぱいなこと! ハリがあるわねぇ」

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ちょっと何を口走ってるんだよあの人! 男湯にいる俺にも聞こえるくらい百も承知なはずなのに……。プライバシー保護の欠片も無いな。

「あらほんと、可いお嬢ちゃんねぇ」

「娘にしいくらいだわぁ」

「うちの息子の嫁に來てくれないかしらねぇ」

壁の向こうでは盛り上がりが収まるどころか、おばちゃん集団の歓聲によってヒートアップしていた。志賀郷よ、今だけは耐えてくれ……。

しかし志賀郷が風呂場にいるということは、當然だが類をに著けていない訳だよな。ハリもあると言ってたし……。ってダメダメ。妄想するなよ俺。冷靜さを保て。

「あ、あの……。恥ずかしいですわ……。やっ!」

「ふふ、全部が可いじゃないの。手れもバッチリね」

「あぅ……そこは……」

「涼ちゃんにはいつも見せてるんでしょ? だって彼氏なんだから」

あのセクハラババア調子乗り過ぎだぞおい!

こうなったらもう俺は何も聞かない。何も聞いてない。知らぬが仏だ……。

俺は全を湯船に突っ込んで水中の世界に閉じこもった。

風呂から上がり、休憩スペースに行くと古びた木の椅子に腰掛けている志賀郷がいた。更にその後ろでは芳子さんが志賀郷の長い金髪をブラッシングしている。まるで従者が主人の世話をしているかのようだ。

「芳子さん……。これ以上志賀郷にセクハラしたら許しませんからね?」

「やだなあ涼ちゃん。同士では髪を梳とかしてあげるくらい普通よ?」

「いや、それは分かってますけど……」

芳子さんは常連客の髪をよく弄っている。なんでも遠い昔に容學校を卒業していたそうで、容師の資格も持っているらしい。俺も一度だけ髪を切ってもらった事があるので、芳子さんの腕前は分かるのだが……。

「狹山くん、この方のブラッシングはとても丁寧で気持ちが良いですわ。メイドのエミリーよりもお上手ですし」

「そうか……。あと風呂の方はどうだった? 湯加減はちょうど良かったか?」

「ええ、前の家のお風呂よりもし大きくて快適でしたわ」

「……なら良いんだが」

笑顔で答える志賀郷に不満のは見られないので、セクハラについては聞かなくてもいいか。それよりも志賀郷の住んでいた家のスケールはやはり常軌を逸しているんだな。銭湯レベルの風呂が家にあるなんてどうかしてるぞ。ガス代いくらするんだよ。

「それにしても咲月ちゃんの髪は梳かし甲斐があるわね。いつまでもっていたいけど、店番もしなくちゃねぇ」

そう言って惜しむように金髪をでる芳子さんだが、先程から志賀郷の面倒しか見ていない気がする。客がらないとはいえ、いい加減付に戻ったらいかがですかね。

「芳子さん、ありがとうございますですわ。明日も來て大丈夫かしら」

「もちろんよ! 毎日いらっしゃい。可がってあげるわよ〜」

がおっさんの番頭という々やかましい銭湯であるが、志賀郷はそれでも気にってくれたらしい。

ブラシを片付けてようやく定位置に戻ろうとする芳子さんを見送りつつ、俺は志賀郷に聲を掛けた。

「良かったな」

「はいっ!」

庶民の暮らしに溶け込んでいく彼を見ると俺は何故か安心する。親近が湧いてくるのもそうだが、志賀郷に新たな居場所が出來たことに安堵しているのかもしれない。

更に何故か、大富豪だった頃よりも今の志賀郷の方が生き生きして見えるのだ。理由はよく分からないけど。

はじけるような志賀郷の笑顔を橫目に、俺は冷蔵庫から二本の瓶を取り出した。銭湯といったらコレ。昔ながらのコーヒー牛である。

「飲むか? 味いぞ」

「狹山くんがそう仰るなら……いただきますわっ!」

気付けば志賀郷に食料を渡してしまったが……。まあ今回限りだ。風呂上がりのコーヒー牛は絶品だから仕方ない。次から甘やかさないようすれば良いのだ。

「芳子さん、二本もらいます!」

「毎度あり〜。百六十円ね〜」

付に戻った芳子さんに報告してから俺もボロ椅子に腰掛けた。すると志賀郷は早速牛瓶を興味津々な目で見つめてくる。

「狹山くん、これはどうやって飲むのですか?」

「えっと……まず紙の蓋を……」

栓抜きが無くても取れるタイプの蓋だがそのままでは取りにくい。しかし蓋の真ん中をし押し込んでから爪で引っ掛けるとあら不思議。するっと取れるのだ。

慣れた手つきでやってみせると志賀郷は「おぉ……」と嘆な聲をらした。

「凄いですわ。狹山くんは何でもできるのですね」

「……これくらい普通だから」

素直に褒められると反応に困るな。

俺は「早く飲まないと冷めるぞ」と促し、彼から目を逸らすのだった。

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