《學園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが》第二十四話 もうし私に気遣ってほしい……ですわっ!

「志賀郷咲月です。今日からよろしくお願いします」

週明けの月曜日。

この日は志賀郷の初バイトということで、店の裏ではちょっとした歓迎の挨拶が執り行われていた。

「こちらこそよろしくねー。みんなと仲良くするんだよー」

生を紹介するノリかよとツッコミたくなる臺詞を店長が放ち、場の空気が和む。続いて、店長の隣に並ぶ石神井しゃくじい先輩がにこりと笑ってから口を開いた。

「何度か顔を合わせてるけど挨拶はまだだったよね。……ということで改めまして、私は石神井心夏ここなだよ。貴方達より一つ年・上・だから、その辺忘れないでね」

年上という単語が特に強調されていたが、先輩の自己紹介では毎度お馴染みのことである。見た目が殘念な程に未長なので、本人の口から聞かされなければ誰だって先輩の年齢を當てることはできないだろう。年下と勘違いされて舐められないように、予め釘を刺しておくのが先輩のポリシーらしいのだ。

「はい、よろしくお願いします。石神井先輩」

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「おぉ……。まさかあの『東京の華』こと志賀郷さんに先・輩・と呼ばれる日が來るとは……。いやあ夢のようだねえ」

「……あのー、悪いですけど現実に戻ってきてください。志賀郷も困ってるようですから」

両手を前で組んで、今にも昇天しそうな石神井先輩を夢の世界から連れ戻す。

それにしても志賀郷の特別な人扱いが凄まじい。京星學園にとんでもねえ金持ちのがいるという噂が隨所で広まっているらしいが、俺から言わせてみれば噂が獨り歩きしているようにしか思えない。という點は否定しないが、志賀郷の現在の家は家賃三萬円のボロアパートだからな。まあ、俺と同じ苦學生という立場ならある意味特別な人とも言えるかもしれないけど。

「おっとごめんね。志賀郷さんに呼んでもらえて嬉しくなっちゃったからさ」

「そんな、私なんかが言っただけで……。あ、あと私のことは「さん」付けしなくても大丈夫ですよ……?」

申し訳無さそうな表で志賀郷が答える。俺以外の人と話す時は禮儀正しくて謙遜もするんだよなあ。

「そうですよ先輩。志賀郷に余計な気遣いはしなくても平気ですから。なんなら呼び方はびんぼ――」

貧乏お嬢様、と言い終える前に俺の口は塞がれた。志賀郷の手のひらに素早く覆われてしまい、これ以上の抵抗は出來なくなってしまった。といっても決して公にできないを守る以上、全部言うつもりは無かったのだが。

目線を斜め下に落とすと志賀郷がムッとした目でこちらを睨んでいた。

「狹山くんはもうし私に気遣ってほしいですわ」

「お、おえんああい(ごめんなさい)」

貧乏という言葉にかなり敏になっているようなので、今後はほどほどにしておくか……。

志賀郷の小さな手が口から離れ、俺はぜえぜえと大袈裟に息を整える。すると、隣でずっと傍観していた店長がにやりと笑いながら口を開いた。

「お二人さん青春してるねぇ」

「ちょ、店長何言ってるんですか!?」

「いやいや、若いってのは良いなあと思っただけだ。気にせず続けてくれたまえ」

店長はにこやかな表と共に「ここはおっさんの居る場じゃねぇな」と言って事務所からそそくさと出ていってしまった。あの人も絶対勘違いしてるよな。志賀郷は隣の部屋に引っ越してきたただのクラスメイトなのに……。

こうして殘された三人はしばらく無言を貫き、沈黙した狀態が続いた。志賀郷は相変わらず不貞腐れた表で俺から視線を逸らしていたが、石神井先輩は不思議そうな目でこちらを見ていた。

「先輩……? どうかされましたか?」

「え……!? あ、べ、別になんでもないよ!? うん。えっと……もう時間だし私そろそろレジにってくるよ!」

慌てた様子で答えた石神井先輩は、逃げるように事務所を後にする。ドアを開けた際に頭をぶつけて「痛いっ!」と軽い悲鳴を上げていたが、俺達が心配する隙も與えずにドアは閉まってしまった。

しかし先輩は何故あんなに揺していたのだろう。まさか俺が言いかけた貧乏お嬢様が伝わってしまったのか……?

結局、店長と石神井先輩がこの場を後にし、殘されたのは俺と俺に背中を向ける志賀郷の二人になっていた。気軽に會話できる雰囲気じゃないし、気まずいったらありゃしない。

手持ち無沙汰になった俺は事務処理用のコンピューターに映る時計を見ながら、もうすぐシフトの時間だな、なんて呑気な事を考えていた。

互いに何も発せず漂う沈黙が続いたが、やがて志賀郷が靜寂を破った。

「……狹山くんは意地悪ですわ」

俺に背中を向けたまま一言。やはり先程言いかけた貧乏お嬢様に対して怒っているようだ。

「悪かった。別に本気で言うつもりじゃなかったんだが……」

「びんぼ……までは聲に出てましたよね? ほぼアウトじゃありませんの」

「そうだな……。すまん。志賀郷のはちゃんと守るからさ」

「ふんっ、それは本當なのでしょうかね。ふんだふんだ。狹山くんのおたんこなすですわっ!」

なにやら怒りのお気持ちを表明しているようだが、選んだ言葉が可いな。いや、決して馬鹿にしている訳じゃないし、俺も反省はしているけど……。

「なにそれ可い」

気付いたら俺は聲に出してしまっていた。志賀郷の機嫌が最悪な時に何やってるんだよ。これは火に油を注いだようなものだぞ……。

「な……な……なにを急に……っ!」

志賀郷の肩が小刻みに震えていた。背中を向けているので表こそ見えないが、を震わせているのはやはり怒りからなのだろうか……。

「ご、ごめん。今のは悪意があったわけじゃ――」

「店長さんに研修容を聞いてきますわっ!」

俺の臺詞を遮った志賀郷はどかどかと大きく足を踏み鳴らしながら出口のドアに手をかける。そして勢いよく開かれたドアが……。

「痛っ!」

志賀郷の頭に直撃した。まさかの二打席連続ヒットである。俺が言える立場ではないが、みんな落ち著こう……?

バタンとドアが閉じ、再び靜寂が訪れる。とうとう俺以外誰も居なくなってしまったよ。

それにしても、最近の俺はどうも調子がズレているような気がするな。失言も多いし、四谷や石神井先輩、志賀郷達との會話が上手く噛み合っていない気がする。正確に言えば、相手の発言の意図が分からないといったところだろうか。

もう一度、コンピューターの畫面を確認する。時刻は午後五時。気付けばお仕事開始のタイミングになっていた。

もやもやと晴れない気分の中、俺は手早く支度を済ませ、志賀郷の後を追うように出口のドアノブを手前に引く。

幸いにも頭には當たらなかった。狹山涼平、ヒットならず。

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