《學園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが》第三十三話 狹山くんそれは駄目……ですわっ!

通知表をけ取った後の休み時間。擔任に呼び出された俺は職員室のドアの前まで來ていた。そして両隣には四谷と志賀郷がいる。

別に俺達は悪いことをして招集された訳ではない。學費免除の有無や手続きを教室で堂々とするのは良くないという擔任の配慮により、こうして個別に呼び出されているのだ。

「咲月ちゃん、為せばるって言葉もあるし元気出していこうよ!」

「そう、ですわね……」

既に落ち込んでいる志賀郷の顔は青ざめていた。ここは四谷の言う通り、前向きに臨んだ方が神衛生上良いと思う。貧乏人の後ろは常に崖。先に進むしか俺達に選択肢は殘されていないのだ。

「じゃあ行くぞ」

「はい……!」

一呼吸置いてから、引き戸の取っ手に指をかけた。

「狀況はこちらも把握済みなので安心していい。あと結果も君たちが考えている通りの容だろうから、そこも安心していいぞ」

教員用の回転椅子に腰掛ける擔任が薄ら笑いを浮かべながら答えた。

「そうなると安心どころか不安で仕方なくなりますね」

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「やはり、ですか……」

志賀郷はまるでこの世の終わりでも見たような顔をしていた。以前、例え悪い結果になっても後悔しないと言っていたが、この調子だと寧ろ後悔だけが殘りそうだ。志賀郷が今まで通り學校に通えるように、俺にできることを考えなくては……。

「おいおい、そんな難しい顔をされると職員室の空気が重くなってしまうよ。……とりあえず四谷さんは先に書類を渡しておくね。いつも通り記して明日提出してくれれば問題ないから」

てきぱきと手をかしながら擔任は一冊のクリアファイルを四谷に手渡した。これは學費免除の申請用紙だ。俺も後でけ取る事になるだろう。

「四谷さんはもう戻って大丈夫だよ。……これから極會談を始めるからね」

そう言って笑い飛ばす擔任だが、ハスキーなボイスのせいで悪役が満載である。顔で小柄な人なのに絶大な貫祿がある不思議な教師だ。

四谷が職員室を後にすると、擔任は咳払いを一つしてから続けた。

「どうだね。志賀郷さんが隣に引っ越してからの毎日は」

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「いや、どうと言われても……」

「青年の健全育に背く行為はしてはならないからな」

「超健全なので大丈夫です!」

部屋にれる事があっても飯を食う時だけだし、満員電車で著するのは不可抗力だし……。きっと問題無い……はずだ。

「それなら良かった。知ってると思うが、志賀郷さんの両親は難しい問題を抱えているから、今は狹山君が細かいサポートをしてくれると助かる」

「はい……」

「本來なら引っ越す前に伝えておくべきだし、狹山君の意思も尊重したかったのだが……。なんせ急に両親から連絡が來て「安い件は無いか」と相談されたからなぁ」

「……はい!?」

さらりと言ったが、なんか凄い発言をしたぞこの擔任。志賀郷が隣に引っ越した経緯はまさかこの人にあるのか……?

一方、志賀郷も初耳のようで口をぽっかりと開けていた。

「あれ、住処を斡旋あっせんしたのは私だと知らなかったのかい?」

「初めて聞きましたよ……」

「狹山くんと同じく、ですわ」

「そっかそっか。まあ大したことでは無いから気にしないでくれ」

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軽快に笑う擔任だが、かなり重要な事実だと思うのは俺だけだろうか。

「ともかく、今後も引き続き頼む。見たところ二人は仲良さそうだし、私の目に狂いはなかったようだな」

つまり……。志賀郷が隣人になったことは偶然ではなく事を聞いた擔任による策略だったという訳か。いきなり隣に引っ越してくるなんておかしいと思ったんだよな……。

「それで、先生。志賀郷の學費免除はやっぱり駄目でしたか?」

「ああ。先日の職員會議で、狹山君は継続が決まったが、志賀郷さんは殘念な結果になった」

真剣な顔に戻した擔任が答える。分かりきった事だが、いざ決まると先が思いやられるな。

「……承知しました。私一人では學費を全部払えませんし、親はきっとお金なんて振り込んでくれませんわ。ですので――」

志賀郷は苦しそうな表をしていた。それでも何かを決心したのか、數秒の間を置いてから彼は……。

「先生。今學期が終わったら…………私は……退學させていただきます」

誰にも抗うこと無く、自ら辭退する決斷をした。

だが心殘りはあるのだろう。言いたくない……でも現実には逆らえないから言うしかない……。そんな、苦渋に苦渋を重ねた末の言葉に思えた。

親の勝手で捨てられた挙句、楽しい學園生活まで諦めなくてはならない志賀郷。そんな彼を俺は隣からただ見つめるだけ――――にはいかなかった。

「……諦めるなよ。辭めたくないのに學校辭めるとかおかしいだろ」

「ですが……。必要なお金を払えないなら辭めるしかないじゃないですか!」

「まだ払えないと決まった訳じゃねぇだろ! 俺が協力するから。バイトでもなんでも詰め込んで稼いでやる。限界まで挑戦してそれでも駄目だった時に初めて諦めるんだよ」

何故俺がここまで必死になっているのか、自分でもよく分からなかった。志賀郷を助けたところで俺がけるメリットはほぼ無いというのに。自分の利益にならない仕事は一切しないスタンスの俺だが、志賀郷が相手だとその考えが狂ってしまう。

ただ……。一つ言えるのは志賀郷の悲しむ顔を見たくない。元気に飯を食ってる姿を見ていたい、という事だった。

「狹山君。うちの學校の授業料がいくらなのか忘れたのか?」

「知ってます。だから限界まで働いて稼ぐと言ってるんです」

「アルバイトも良いが、働き詰めてを壊したら元も子もないぞ。それに、臓でも売らない限り、高校生の君たちに學費全部は稼げないだろうよ」

擔任は呆れているのか、苦笑いを浮かべながら答えた。絶的な狀況だと分かっているが……俺は々苛立った。

「なら腎臓でも売って金の足しにしますよ」

「狹山くん! それは駄目ですわ!」

「落ち著け落ち著け。まずは私の話を聞いてくれ」

ゴホンと咳払いをした擔任が宥める。いけない、ヒートアップし過ぎたな……。

「教師は生徒を守る立場だ。困っている生徒がいたら全力で救ってやるのが私の仕事なんだよ」

椅子の背もたれに仰け反って得意気な顔をする擔任。平坦な上半が綺麗な曲線を帯びており、起伏のある志賀郷の型と相反する形だが口は挾まないでおく。

「ただ、學費はこの學校が定めた規則だ。當然だがこれも守らねばならん。志賀郷さんの家庭事がどうであろうと例外は認められない」

「……何が言いたいんですか」

「まあそんな殺気立つなって。要するに、規則を守りつつ君たちの學校生活も守るために……私が一ぐわけだよ」

言いながら擔任は機上にある鞄に手を突っ込む。そこから取り出したのはピンクの派手な長財布だった。ワニ皮の高級品と思われるが……センスが一昔前のギャルっぽい。

「先生の財布……ですの?」

「ああそうとも。私が志賀郷さんの學費を肩代わりするのさ。それなら校則違反ではないし萬事解決だろう」

「ですが……お金はお持ちなのですか?」

「はは、名家の志賀郷さんに言われると皮だな。でも大丈夫だ。私は獨りだから多の金はあるんだよ」

自嘲気味に笑う擔任。誰でもいいから旦那がしいと普段からよく嘆いているが……。そういえば近にもう一人似たような境遇の獨コンビニ店長がいたな。

「……だけど、私は君の親じゃないから無償のを授けるつもりはない」

「もちろん、お金は絶対に返します!」

「いや、金で返さなくてもいいぞ。私は志賀郷さんに投・資・をするんだ。その分だけ回収できれば文句は無い」

「……橫から失禮しますが、先生。時間は有限ですし結論を早く仰ってくれませんかね」

俺は何事も手早く効率的に済ませたいタチだ。長話は好きじゃないのでやんわりと指摘してみたのだが、擔任は「あら怖い怖い」と苦笑いしながら続ける。

「では志賀郷さん。私のポケットマネーを借りたいのなら、まずは勉學に勵み卒業することが條件だ。それは守ってほしい」

「……もちろんですわ!」

「あと卒業後に君が満足できる生き方をしているか。それを私の獨斷と偏見で決めて、問題無さそうなら金は返さなくていい。まあとにかく……今は頑張りたまえ」

「は、はい! その……ありがとうございます!」

まるでしおれた花がを浴びて咲き開くかのように志賀郷の表が明るくなる。まさか擔任自ら手を貸してくれるなんて……。どんだけ良い人なんだよ。

「ほら、次の授業に間に合わなくから早く行きなさい」

「はい! 先生……本當にありがとうございます!」

綺麗なお辭儀をする志賀郷をよそに擔任は慌ただしく席を立ってその場から離れようとする。失禮な言いになるが、謝される事に慣れていないのだろうか。かなり揺しているように見えた。

「あ、狹山君。最後に一つ言っておこう」

立ち止まったと思ったら若干上った聲。先生、やっぱり揺してるな。

「……なんでしょうか」

「君は何でも一人で問題を抱えようとする癖があるようだが……。たまには周りの大人を頼ってもいいんだぞ。子供は子供らしく振る舞うがいいのさ」

それから擔任は悪役のようにニヤリと口を広げると、踵を返して部屋の奧へ行ってしまった。

「子供らしく……か」

苦學生の俺を理解している擔任なりの勵ましだったのだろう。

考えてみれば俺の周りには沢山の大人がいる。両親をはじめ、銭湯の芳子さんや常連の木場さん。バイト先の店長も俺を見てくれている。幸いな事にその人達は皆優しくて俺は謝しているのだ。だからこそ迷を掛けずに自力で頑張ろうとしていたけれど、しぐらいなら甘えても良いのだろうか。大人の偉大さに頼っても良いのだろうか……。

「狹山くん。ダッシュしないと間に合いませんわっ!」

「あぁ……」

はにかむ志賀郷の笑顔が眩しく見える。やっぱりこいつは笑ってないとらしくないな。

途端に安心に満たされた俺は口元が緩み、志賀郷が小さく頷く。

このとんでもなく可憐で食旺盛で……不憫なお嬢様を守ろう。學園を卒業して両親顔負けのエリートにさせて幸せだと言わせたい。同じ貧乏人として仲間を応援するのは當たり前の事だ。例え他の力を借りてでも……志賀郷をこれ以上悲しませたくはない。

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いつも拙作をお読みくださる方に謝申し上げます。

2章はこれにて終了となり、次回から夏休み編である3章に移ります。

実家で過ごすことで二人の関係が徐々に変わる……のか!?

是非お楽しみくださいませ。

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