《彼たちを守るために俺は死ぬことにした》5/22(金) 小鳥遊 知実②
海を眺めていると自分がちっぽけにじた。波が寄せて返すのをじっと見ているだけで心が落ち著いた。
なにも考えたくないときにはいつも、海を見ていた。
だけど今は違う。あんなに大きな海が全く視界にらなくて、代わりに頭のなかを同じ言葉がぐるぐると洗濯機のように回っている。
死ぬ。俺は大人になれないまま死ぬ。
どうあがいても、もう長くはない。
今までけていた勉強も、3年の冬になったら免許を取ろうって貯めてた金も、今まで築き上げてきた友人関係も。全部、無意味だったのだ。
いちばん面倒くさかった腫れになってしまった。しかもS級レベルだ。
もう學校に行く理由もない。家や病院でボーっと療養して最期を迎えるのだろうか。そんなつまんない余生なんて、死んだほうがマシだ。……つか、心配しなくても死ぬんだった。
でも、無意識に學校に來てしまっていた。制服に袖を通し、授業中なのに、堂々と學校の屋上へ。
「ブルマって知ってるか?」
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「子が育で下著の上に履く見せてもいいパンツ? アニメ上にしか存在しないアイテムっしょ?」
「俺もそう思っていたんだけどさ。先祖のアルバムにバッチリ寫っていたんだよ、ブルマ」
「まじかよ、都市伝説かと思ってたわ。あんなのがこの世に存在してたのかよ」
「先祖つっても、親父のなんだけど」
「めちゃくちゃ近いじゃねーか! はああああ?? なんで俺、もっと早く生まれてこなかったんだよ!! もちろん文化的興味しかねーけどな!?!?!?!?!?」
「わはは、壁パンしながら何に向けて保をはかってんだよ。てか、なっちゃん今日休みじゃなかったっけ?」
「休みだよ?」
「じゃなんでここにいんの」
「俺の生霊です」
「……まあ、霊でもなっちゃんならいいか」
5限の授業中だというのに、給水塔には野中がいた。俺の隣に座って、ただひたすらぼーっと遠くの海を眺めて過ごしている。
「今の授業なに?」
「知らねえ」
「英語表現……じゃなかったっけ。先生可いよなー」
「ふーん。お前ああいうのがいいんだ」
「みんないいだろうよ!! 野中の趣味が本當にわからん……」
「フツーだよ」
「お前英語どころか、日本語喋っててもようわからんわ」
「しかもこの時間、眠いんだよ」
野中がふああとあくびをしてみせる。
「なっちゃん」
「うん」
「なっちゃんがいるから俺、まいにち楽しいわ」
目が合った。
「……」
どうして急に、そんなこと。
が苦しい。本當は今にも泣いてしまいたいけれど、コイツの前でそんな恥ずかしいことはしたくない。
気づかれないようにぎゅっとこぶしを握る。
野中はもう一度あくびをし、俺の肩にあごを乗せた。
「大人は將來のことを考えて、ちゃらちゃらするなって怒るんだろうけど、俺には今が大事だから」
「……うん」
「俺は、今しかないその時間を、気の合うやつと笑ってすごしたい。なっちゃんとこーやってバカな話していたい」
「……」
空を見る。鳥がふんわりと浮いている。風のままに流されて、思い出したように羽ばたいて、また、流されていた。
「……俺だってお前だって、ずっと一緒にいられるわけじゃない」
俺の言葉はいじわるかもしれなかった。でも、野中は笑った。
「そう、だから今、この一瞬を大事にしたいつってんじゃん。大人になって離れてもさ、ふと、ああ、馬鹿だったなって思い出して笑えるように。それって無駄か?」
「いや。栄です」
「……オメーも俺のことを思い出すんだよ」
……頭突きされてしまった。
野中は俺から離れて、定位置にごろんと寢転がる。
「そういえばおかしなことがあったんだけど」
どくんとが鳴る。こいつ妙に勘がいいから、油斷ができない……!
「なっちゃんが休んでた昨日と今日。晝休み、日野がなぜか屋上の扉の前で俺を待ってたわ」
「………………は?」
「なんかパンの耳食ってたけど……」
あのバカ、さっそく俺以外にもバレてるじゃねーか!
「で、今日はお姫が來て、なぜか3人で晝メシ食うことになったんだけど。これどうなってんの」
「……お疲れ」
「よくわっかんねから日野に『俺のこと好きなの?』って聞いたわ」
「ブッ!?」
「そしたら『はい好きですよ!』って言うから、気まじぃ」
安心しろ野中。その『好き』はきっと、全く他意がないやつだ……。
「だから月曜は絶!対!來てね。また3人とかアタシには無理ーー!」
「ああ。來るよ(笑)」
しまった。學校に行くって約束……。
チャイムが鳴っても野中は眠っていた。
俺は6限の途中でそっとその場を立つ。ホームルームが終わってクラスメイトと會うと面倒くさい。こいつの顔見れたし、今日はもう帰ることにした。
野中のおかげでしだけ気がまぎれたと思ったのに、帰り道、みっともなく足が震えていることに気づいた。
商店街の中央で、足が進まずひざが折れた。
この道も。
この香りも。
もうすぐ全部、じられなくなってしまうんだ。
「大丈夫?」
ふと、後ろから知らないおばさんが自転車を降りて俺を支えてくれた。
「ただの立ちくらみです……」
「家どこ?」
「いや、大丈夫なんで……」
「どこ!?」
「……海沿いの土産屋のあたりっす」
「ちょっとだけ歩くわね。お家の方は今いらっしゃる? 迎えに來てもらいましょう」
「いえそれはちょっ……」
「電話番號は!」
おばさんは俺んちの電話番號をメモし、近くのパン屋に駆け込んだ。……あれは日野と話しをしたパン屋か。
そうだ、ここは音和に告白された場所。
俺のために、知らない人がたくさん出てきて親切にしてくれる。
もうすぐ消えてしまうこんな俺なんか、構っていたって無駄なのに。
でもひとつだけ良かったって言えるのは、こんな思いをするのが野中でもなく、虎蛇のやつら、父親や母親、音和やおじさん、そのなかの誰でもなくて俺だったということ。
令和2年5月21日。余命宣告をけた。
このままだと半年くらいしか生きられない、と。
手をけるなら即刻院。壽命が延びる“可能”はあるらしい。
功率は70%。
それでもその後5年間は覚悟をしておいた方がいいと。
手では言語や運に障害が殘る恐れがあり、そのうち、程度はわからないけど高確率で危ないと言われたのが、
記憶の消失だった。
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