《彼たちを守るために俺は死ぬことにした》6/4(木) 蘆屋七瀬 ②

「!? 七瀬ーーー!!!」

裏山の中腹、作業場に。ひとり、小さなスコップを一心不かしている影があった。

かばんを投げ捨て、連日の雨でゆるくなった地面を蹴って駆け寄る。ふらふらになりながらも、手を止めようとしない彼がそこにいた。

「おい、學校休んでなにしてんだよ! しかもひとりであぶないだろ! なんで言わないんだよ!」

後ろから彼の肩に手をかけ強引にこっちを向かせて、俺は息を飲んだ。七瀬は黙って泣いていた。

「……っ」

「なな……」

「………っ、なっちゃ……ん」

化粧っ気のない頼りない目元はすでに真っ赤で、ほっそりとしたまつげがふわふわと上下する。くなった素顔は手でこすったのか、泥で汚れていた。

肩に置いていた俺の手に七瀬の手が恐る恐る、重なる。しゃくりあげながら、しゃべるのも辛そうに、俺を見上げた。

「どうし……よう、ダメだよお……」

「ど、どした」

「おじいちゃんが……昨日……意識不明になって……」

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その瞬間、病室で微笑むじーさんの顔が脳裏によみがえる。

どくんと大きくが鳴った。

「昨日、早朝に連絡があって、病院に駆けつけたんだけど。いくら呼んでも返事してくれなくて……! どうしよう、まだ生きていても同じだよね。これで死んじゃったらおじいちゃん、もう、もう!!」

化石が発見されても、本人がわからない。ということ。彼がいちばん恐れていた事態だった。

「だから昨日、病院からすぐにこっちきて、掘ってたの。でも、こんな広くて、そんなすぐにとか、だめだよ、無理だよ、でも見つけなきゃだめなの!!」

最後のほうはもう金切り聲に近いびだった。

が俺の手を握る力も強く、痛い。

ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は堰をなくし、このまま無盡蔵に流れ続けてしまうように思えた。

発掘現場を見る。正直、土日の作業じゃ1割も進んでないと思う。昨日今日の作業でも、進んでいるとは思えない。焦って暴走する気持ちはよく分かった。

「とりあえず落ち著こうよ」

「だめだよ、あたし雨だからって休んでサボってたんだよ? その分取り戻さなきゃ!! ちょっと離してよこれ。肩っ!」

「七瀬……」

七瀬は怒りを俺にぶつけるかのように、いやいやと必死にをよじって抵抗した。

でも俺は七瀬が逃げないように、両肩に置いた手に力を込めた。

「だから落ち著けって!」

「!!」

し聲を大きめに張ると、七瀬はびくっとを震わせて固まった。

「雨が降って地盤緩んでて、危険なのにお前がそんなんでどうするんだよ!」

「……」

「お前のじいちゃんでもここで危険な目にあったんだろ? 山が崩れたらお前なんてジエンドだっつの! 大好きなじいちゃんをもっと苦しめたいのか!」

「そんなの、やだっ……」

「だろうが。だから俺がやる」

「えっ」

抵抗がなくなった彼を離し、シャベルを拾いに行く。

昔、壁周りにいて山崩れが起きたって言ってたよな。だったら集中して掘るなら壁際だ。そこで化石を落とした可能がいちばん高い。だけど特に危険な壁際には、彼を近づけさせたくない。

まだ筋痛でつらい腕を大きく振り上げて、シャベルを壁に突き立てた。雨のおかげで掘りやすい。でもその分、やっぱり危険そうだな。突き立てた先をぐりぐりしながら考える。

「なっちゃん……」

七瀬が後ろから聲をかけてくる。

「邪魔だからお前はそっち掘って」

「なっちゃんてば」

「だからこっち來るなって」

「でも。あれヤバくない?」

の指す方向を見上げる。

俺が掘っている崖の7メートルくらい上方の巖に、休日では気づかなかった、ヒビを見つけた。

……まずい。あれが落ちてきたら、掘っていた場所全部埋められて、またスタートからになる。最悪、生き埋めになるかもしれない。

「か、壁際はあぶないよ。一緒にこっちやろう」

不安げに、七瀬が俺の服を引っ張る。

はは……なんだよ。自己中のくせに、そんな顔できるんじゃん。

それが見れただけで充分、七瀬に命預けていいと思った。それくらい、心が満たされたんだ。

「あれは大丈夫。落ちてこないやつだから」

「え、そうなの?」

「そうそう。あれ模様だよ」

適當なことを言って、ポケットから軍手を取り出して手にはめた。危険だからって、壁際を掘らないわけにはいかない。

「よし、もう泣くなよ。お前が泣くなら俺はもっと泣くからな!!」

「なにその脅し!」

苦笑だったけど、七瀬がやっと笑った。そして俺から離れて、別の作業に戻った。

……頭痛もはじまった。俺も、長くはもたない。

削った壁を注意深く軍手でよけて、化石が混ざってないか調べる。

それを何度も何度も、繰り返した。

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