《小さなヒカリの語》34ページ目
そう言って母さんはにやり、不敵な笑いを浮かべた。
「ぐっ」
言葉に詰まる。急に顔が火照ってきた。
「そ、そうなの?」
「いやいや、しないから!」
否定したのにヒカリは頬をぽっと赤らめる。やめてくれそういう反応!
「こーちゃんが最初でもいいかな、けど……」
ヒカリが何かぶつぶつ言ってるようだが、俺はまったくそれどころじゃない。
「いくら馴染と言ったって俺らはもう高校生なんだぞ? 昔と同じように考えられたら困る!」
母さんはやれやれといった表で、あのねと前置きして、
「ヒカリちゃんをここから追い出したらどこも行く當てなんてないのよ。もう高校學だって済んでるんだし、それに今更住むところを探して荷を移させるのは大変なのよ。康介が今すぐヒカリちゃんを追い出せっていうなら路頭に迷うことになるわ。そして危ない人に捕まって危ない店で働かされるんだわ。それも昔からずっと親しかったはずの康介のせいで。ああ、かわいそうなヒカリちゃん」
手で顔を覆い、泣き真似まで披する母さん。わざとらしい。
「あのな、いくらなんでもこれは」
「今を楽しく過ごしたい」
ヒカリも負けじと今にも消えそうなか細い聲を出してきた。しかも、さっき俺の心に響いた言葉。まさかこんな使い方をしてくるなんて思わなかった。
「言いたいことは分かる。でもな、それとこれとは別問題だろ? ヒカリは分かってくれるよな?」
母さんは仕方ない。ヒカリをなんとか説得するしかないか。
「かわいそうなヒカリちゃん」
「楽しく過ごしたい」
二人の息はぴったり合っている。なんだよ、このフィーチャリング。
「お願いだから分かってくれ。これは」
「かわいそう」
「楽しくー」
だめだ、もう見てられない。ヒカリが演劇部部長の本領を発揮して、ありったけの涙を目に溜め込んでいる。さっきはヒカリが譲ってくれたから、今度は俺が譲れってことか? ここまできたらもう仕方ない。ヒカリの涙がこぼれる前に、
「分かった。もう分かったから」
負けして降參の白旗を振る。人に流されやすいとはこういうことなのかな。
やっぱりの涙はずるいやと知ったような顔をして、本心ではまったく泣いてなんかいないだろう二人をなだめすかす。
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