《狂的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執著〜》〜プロローグ〜

~Prologue~

「何でもしますッ!」

「そんなことを簡単に口にするな。これだから世間知らずなお嬢様は」

キッパリとした口調で言い放った桜みおの言葉に背中越しに一笑した男は、薄く形のいいに笑みを微かに湛え軽く咎めてから、呆れたような呟きを落とすとそのまま立ち去ろうとする。

どうやら男には、桜の言葉に取り合う気はないらしい。

それでも、ただの偶然だったとしても、見ず知らずの男に借りを作ったままでは気が収まらない。

桜は咄嗟にその男がに纏っている、仕立てのよさそうなダークスーツの袖口をグンと摑んでしまっていた。

男は驚いているのか、僅かに反応を示してすぐに振り返ってくると、珍しいものでも目にしたように桜のことをマジマジと見下ろしてくる。

長一五六センチしかない低長の桜にとって、目測だがおそらく一八〇センチは余裕で超えているだろう高長の男を見上げるのは々骨が折れるが、それよりも男の放つ威圧が凄まじい。

どこか恐怖心にも似たが湧き上がってくるが、男に強い視線で見つめられ目を逸らすことができない。

艶のある濡れ羽の髪はタイトにでつけられていて、髪と同系の切れ長の鋭い雙眸と恐ろしく整った顔立ちのせいか、ただ見下ろされているだけなのに、がすくむ心地だ。

それに上背のある男のスーツを纏っていても、鍛えられているだろうことが窺える、悍な軀には、そこはかとなく妖艶な香が漂っている。

自分とは同じ次元で存在していないような、このとき、なぜかそんなふうにじていた。

そこに男から冷淡ともとれる抑揚のない低い聲音が降ってくる。

「何のつもりだ」

この男の醸し出す異様な雰囲気に呑まれてぽうっとしてしまっていた桜はその聲で我に返り、尚も男に言い募っていた。

「……た、助けていただいたのに、何のお禮もできないままだなんて、それでは私の気がおさまりません」

確かに、借りを作ったままでは嫌だというのもあるが、どうしてここまで自分が頑なになっているのか、桜自にもわからない。

これまで二十年間生きてきたなかで、こんなにも頑なに、自分の意志を貫こうとしたことがあっただろうか……。

そう思うほどに、自分でも驚くほどの強い意志と行力とを発揮して。

「だったら、何をしてくれると言うんだ?」

依然男のスーツの袖を摑んだままの桜に向けて、試すような眼差しと言葉とを投下した男に対して、意思のこもった強い口調で言い放っていた。

「やれと言われれば何でもします。本気ですッ!」

「だったらげよ」

「……え?」

「何でもすると言ったのはお前だ。だったらいで俺のことを愉しませてみろ」

そこへ間を置かずに放たれた、有無を言わせないという威圧を孕んだ男の言葉に、一瞬何を言われているのかが理解できずにいた。

だがこの日のために仕立ててもらった、春めいてきた今の季節にピッタリな、艶やかな味の雲華が描かれた振袖姿の桜に、続け様に寄越された、男の意味深な視線と言葉とでその意図を理解した剎那、カアッと全に滾るような熱が及んだ。

何でもすると言ったのは自分だ。今更なかったことになどできないだろう。

おそらく……否、絶対に。この男はなかったことになどしてくれないに違いない。直的にそう確信した桜はゴクリと生唾を飲み下した。

これまではただ駒としての自分に與えられた役割を果たすためだけに生かされてきた。

今日は、その駒としての役割を果たすために、格式高い高級料亭へと赴いていたはずだったのに……。

ーーこれから私は一どうなってしまうんだろう。

桜は混する頭で今更ながらにそんなことを案じていた。

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