《狂的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執著〜》鳥籠のお嬢様②
「桜さん、旦那様と奧様がお呼びです」
「……はい」
楽しい時間もいつしか終わりを告げ、いつものように華道教室を終えて生徒らを見送った後、片付けに追われていた桜は、使用人の松子に呼ばれて、離れから豪華絢爛な數寄屋造りが見事な母屋の大広間へと赴いていた。
広々とした大広間の床の間には、躍ある枝振りを活かして、力強く生けられた梅の花が飾られている。
家元である父が生けたものだ。
それを起點に視線をぐるりと逡巡させてみる。見慣れた風景だ。なのによそ様の家にでもお邪魔しているような気がして落ち著かない。
この家に住んでいるというのに、いつも居心地の悪さをじてしまう。
きっと、どこもかしこも凝った派手な裝飾が施されているからだろう。
何でも、三年前に隠居した前家元である祖父の弦一郎げんいちろうの意向で、質素な床の間や三方の開口部から庭の景を楽しめるという、松江市にある小泉八雲舊居の居間を再現しているのだとか。
格式張った意匠を嫌い、面を磨いて客人をもてなすーーという茶人の神が簡素で自由な空間として形になっていったという數寄屋造り。
素材の良さをそのまま活かすことが大切だとされているらしい。
ーー変なの。數寄屋造りの本來の意味合いから、ずいぶんとかけ離れてる気がするんだけど。
豪華絢爛な部屋の中を見遣りつつ、桜がそうじてしまうのも無理はない。
近頃の巣ごもりブームのおかげと、フラワーロスを無くそうという観點からも、企業の間でも生け花を見直そうというきが強まっているらしい。
そのPRを兼ねて、朝の人気報番組に出演した愼の、家元譲りの見目麗しい容姿が注目されてからというもの、『華道界のイケメン王子』として度々メディアで取り上げられるようになった。
元々、この辺りを地盤とする代議士の娘だった薫のブランド志向も相まって、両親も兄も、面や見かけばかり気にして、生徒數を増やして流派の規模を大きくすることしか頭にないように、桜の目には映ってしまうのだ。
そのせいで何もかもが稽に思えてならない。
  手れの行き屆いた、樹木や花々で彩られている風明な日本庭園をぼんやりと眺めながら、奧から込み上げてくる笑みを噛み砕く。
ーーそんなこと思ったってしょうがない。
いずれこの家から出て行くである自分には関係のないことだ。
引き取って貰い、何不自由なく育てて貰ったのだから、ちゃんと駒として役に立てるよう自分の役割を果たすことだけ考えなくては。
  ふたりの會話に耳を傾けていたはずが、いつしか思考に耽ってしまっていた。
そんな桜が余計なことにわされないよう、自分にいいきかせているところへ。
「もうすぐ、桜さんが二十歳を迎えるなんて。本當に年月が経つのは早いものよねぇ。あなた」
「ああ、そうだな」
「実は、桜さんに縁談のお話があるんですよ。し早いとも思ったんですけれど、先方がどうしてもと仰っているの」
薫のやけに甘ったるい聲音が屆いたことで桜は瞬時に現実へと引き戻された。
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