ただでさえ落ち込んでしまっていた気持ちがズンと地中深くに沈んでしまう。

どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのだろう。前世で何か悪いことでもしたのだろうか。

でないと、あんなに優しかった兄がこんなに意地悪になったりしないのではないだろうか。

ーー否、違う。

亡くなった母が家元と不倫なんかしなければ。母が私のことなんか産まなければ。こんなことにはならなかったに違いない。

どうせ誰にも祝福なんてされないのに。

ーーあーそうか、生まれてきたこと自、罪なことなんだ。

だったら罰をけないといけない。

そうは思いながらも、どうしてもけれられない自分がいて、気持ちは塞ぐばかりだ。

そんな桜の脳裏には、まだかった頃、愼がまだ優しかった頃の記憶が呼び起こされる。

この家に引き取られた自分に対して、今と変わらず、よそよそしい態度の弦と、快く思っていない薫。

そんな両親とは対照的に、當時十三歳だった愼は、まだ事を知らなかったせいか、今のように、桜のことを蔑むことも疎んじることもなかったように思う。

頼りない記憶ではあるが、薫の厳しい躾や叱責により、い桜が泣いていたりすると、優しくめてくれたり、家に呼んだ友人らと一緒に遊んでくれたりもした。

元々、面倒見のいいところがあったのだろう。

それに加えて、持ち前の明るさと気さくさに、父譲りの見目に優れた容姿も相まって、昔から男ともに人気があったようだ。

そんな格だった愼は、その頃の桜にとって、優しく頼りがいのある兄だった。

けれどもそれは桜が小學生一、二年までの話だ。

そういえば、兄がまだ高校生だった頃だろうか。家によく遊びに來ていた同級生の友人がいたっけ。

愼よりも長が高く、普段はムスッと不機嫌そうな顔をしていたけれど、ごくたまにクシャッと相好を崩す様は、年上ながらに、大人しい格ではしゃいだりしない桜よりも子供らしかったし、何よりキラキラと輝いて見えた。

その笑顔から目が離せなかった記憶がある。

きっと滅多に笑わなかったから、珍しかったのだろう。

といっても、小さかった頃のことだったし、記憶も朧気で、名前もどんな顔だったかも思い出せないのだけれど。

今とは別人かと思うくらい愼も優しかったし、その頃のことがひどく懐かしく思える。

ーーあの頃に戻れたらいいのに……。

どんなにそう願ってみても、それは無理な話だ。

桜は一刻も早くこの場から離れたくて、愼の橫をり抜けていこうとするが、愼によって手首をギリと強い力で摑んで足止めされたことにより。

「おい、待てよ」

「キャッ!?」

遠い昔に思考を馳せていたせいか、気落ちしていた心が微かに浮上しかけていたというのに、痛みに顔を歪め咄嗟に短い悲鳴を上げた桜は、厳しい現実へと強引に引き戻されることとなった。

「お前、まだ処だよな？」

「////」

まさかそんなことを訊かれると思わなかった桜は、全を紅く染め慄くことしかできない。

そんな桜の様子を見るまでもなく、処であることを確信している様子の愼は、なおもニヤリと意地の悪い笑みを深めて、とんでもないことを言い放つ。

「いくら家の駒だからってさぁ。お前もあんなオッサンに処捧げるのは嫌だろうし。なんなら俺が処好きの男紹介してやろうか？」

「////ーーッ!?」

余りの恥に、この上なく真っ赤になって、聲にならない聲を上げ、その場でこまっていると。愼のニヤついた顔がぬっと眼前に迫ってくる。

同時に、つい先ほど見せられた、見合い寫真の男の脂ぎった顔と愼の顔とが重なってしまう。

「////ーーヤダッ！　離してッ！」

桜は咄嗟に愼のを両手で押しのけていた。

「おいおい、これくらいのことで怖がっててどうすんだよ。さすが処だな。否、そういうのが好きな奴には堪んねーのかもなぁ」

けれども愼は堪えるどころか、あからさまに初心な反応を示す桜のことを心底楽しげに眺めつつ、クツクツと笑いながら肩を震わせている。

昔は優しかった愼がいつの頃からか、薫と同じ態度をとるようになってからというもの、こんなふうにことあるごとに揶揄われてきたが、いつもは何を言われても右から左に聞き流してきた。

だがこの手のことに免疫のない桜は、愼に廊下の隅に追いやられ、真っ赤になって立ち盡くし、何かを言い放つことも、ましてや反論を返すことなどできないでいる。そこへ。

「桜さんッ?!　大きな聲が聞こえましたけど、どうしたんですかッ？　大丈夫ですかッ？」

この家に引き取られて以來、の回りの世話を焼いてくれている、使用人である麻(あさみ)の焦った聲が広い廊下に響き渡った。