先ほどじてしまった直が正しかったと、桜がをもって実したのは、それからほどなくしてのことだ。

薫の提案により、若いふたりーー桜と見合い相手である佐久間さくま優すぐるだけでゆっくり話をえる席が用意されているという、高級料亭『まつや』の奧座敷へと若將に案された桜は、広い部屋でひとり待たされていた。

當然、優も一緒に來るものだと思っていたのだが、仕事のことで事務所に一度連絡をれないとならないとかで、桜だけが通されたのである。

住み慣れた天澤家の、數寄屋造りの母屋を思わせる、しっぽりと趣ある雅な和室は、奧まったところに位置するせいかやけに靜かで落ち著かない。

何だか、外の世界から隔離でもされているような心地になってくる。

り口と縁側に面した雪見障子からも、先刻まで通されていた部屋と同じく、和風庭園を臨むことができる。

殘る二面のうち一つは壁、もう片方は襖になっているのだが、その襖がどうにも気になってしまう。

ーー何だかドラマでよくある展開が待っていそうな部屋だな。もしかして布団でも敷かれていたりして。ま、まさかね。

そんなことを思ってしまったせいか、時代劇でお馴染みの、若い娘が悪代に手籠にされる場面が脳裏に浮かできてしまう。

桜は、慌てて頭をふるふると振って、可笑しな思考を追い払った。とその時、り口の雪見障子が開け放たれ、そこから姿を現したのは、優ではなく、大代議士の優太郎ゆうたろうだったことに、桜は戸いを隠せない。

し前に見てしまった、優太郎の厭らしくギラついた視線をまともに目の當たりにしてしまったせいだ。

「いやぁ、待たせて悪かったねぇ。桜さん」

優太郎の聲を耳にした途端に、すっかりなりを潛めていた嫌悪と恐怖までがぶわっと湧き起こってくる。

知らず知らずのうちに、正座を崩し、手を後ろ手についてしまっていた桜の背中には、嫌な汗が滲んでいる。

そんな桜の姿をるような強いギラギラとした眼差しで見下ろしながら、後ろ手に引き戸を閉ざした優太郎は、桜にじりじりと近づきながら、今回の見合いの真の目的を暴しはじめた。

「息子は、々困った癖の持ち主でねぇ。何というのかなぁ。アロマだか、ロマンチックだか何だか知らないが。他者にを抱けないんだそうだよ。そこで、君に偽裝の妻を演じて貰いたくてね。でもそうなると、若い君にとっては々と辛いだろうからねぇ。ああ、安心なさい。息子の代わりに私が君の求をたっぷりと満たしてあげるからねぇ」

そうしてニヤついた脂ぎった顔もそのままに、ねっとりとした視線同様、粘著質のある厭らしい聲を響かせつつ、じりじりと桜との距離をなおも詰めてくる。

「いやぁ、それにしてもしい。なんかけるように綺麗だねぇ。こんなに若くてしいお嬢さんをこれから意のままにできるなんて。可笑しな癖を持った息子に謝しないといけないねぇ」

頭が混しつつも、その言葉の意図を理解した桜は、の危険を覚え、何とかこの場から逃れようとするも、あまりの恐怖にガタガタと震えるが思うようにいてくれない。

ーーヤダッ！　來ないで！

桜の心のびも虛しく、正面に立ち塞がるようにしてにじり寄ってきた優太郎が怯え切っている桜の頬に手でれようとした剎那。

バタンッという豪快な音とともに、り口の雪見障子が開け放たれた。

驚いた桜が見遣った先には、ダークスーツにを包んだ、三人の目つきの悪い男たちが部屋に押しってくる様が見て取れる。

ひとりは厳つい顔に大きな傷のある大柄の男。ふたり目は中中背の優男風。三人目に至っては、やけに整った顔をしている。

だが、皆一様に威圧があり、眼が鋭く、獨特な雰囲気を纏っているように見える。

背後に振り返った優太郎もそれを視認するや、驚きながらも大代議士だとじさせる不遜な聲で出迎えた。

「なっ、何だッ！　お前たちはッ！」

けれども突然の者は、一切怯むことはなく、優太郎のことを一瞥したやけに整った顔をした男がフッと一笑し、優男に目配せした直後。

首肯した優男が優太郎を見據え、傍にあった木製の座椅子を蹴り上げると同時、底冷えのする迫力満點の、鋭い重低音を轟かせたことにより、優太郎の態度が一変することになる。

「息子の見合いの席で、しかもその相手の味見をするようなゲスに、お前たちなんて呼ばれる筋合いはねーんだよッ。そんなことより、うちの舎弟を妙なことに巻き込んだ落とし前、きっちりつけてもらおーかッ！」