けれどもそれらを口にできるほどの冷靜さなど、今の桜には微塵もない。

それほどに頭の中は混を極めていた。

そこへ再び男の聲が思考に飛び込んでくる。

「助けた禮をしてくれるんだろう？」

「……は、はいッ」

混しつつも、男に禮を返したいという気持ちはあるので、ほとんど脊髄反的に返答していた。そこへ。

「だったら俺に著いてこい。飽きるまで傍に置いてやるから一杯勵め。それが嫌なら、ここに殘ればいい。これまで通り、家の駒として、あの変態代議士の家に嫁に出されて、散々いいように弄ばれるだろうがな。どうするかは自分で決めろ。俺はどちらでも構わない」

間髪れずに返された男からの言葉は、抑揚のない淡々とした聲音同様、の一切こもらない、冷淡ともとれる決然としたものだった。

一歩間違えれば、相手に脅迫されているととられかねないものだ。

この男が自分の置かれた狀況を把握していることにも驚かされたが、そんなことよりも、これからの自分の行く末を第三者に突きつけられ、どうにもやるせない心持ちになってくる。

けれどもどういうわけか、この男の纏っている獨特な雰囲気に圧倒されはしても、嫌悪も恐怖も、まったくじられない。

さっきこの男が立ち去ろうとするのを引き留めようとした際にも、そうであったように。

どこか懐かしさをじてしまったこの男と、このまま別れてしまうのが嫌だと心が訴えかけてくる。

もしかしたら、ただ単純に、貞の危機を救って貰ったからかもしれないし、優しい表と無邪気な笑顔を見てしまったからかもしれない。

でも、初対面で名前さえも知らないこの男に、このまま縋っていいものかと躊躇してしまう気持ちだってある。

なのに、これまで自分の意思を通したいと思ったことも、意思を問われたことさえもなかった反だろうか。

々強引ではあるが、どうしたいかをちゃんと自分の意思で決められるように導いてくれている。

桜にはそう思えてならなかった。

そんな男に対してちゃんと応えたいと思うのだ。

知らず識らず桜の口からは思ったままの言葉が零れ落ちていく。

「……でも……迷になるんじゃ」

そこまで口にしてしまってから、ハッとする。

本音を曝け出してしまったことに驚きを隠せないでいる桜に対し。

「ということは、俺に著いて來る気があるってことだな」

口元に微かな笑みを湛えた男が、相変わらず強い眼差しで貫くように見據えつつ、問いかけてくる。

コクンと僅かに顎を引くことで意思表示した桜に、強引な言葉を放つやいなや。

「だったら、ゴチャゴチャ言ってねーで、さっさと行くぞ」

男はそのまま桜のを軽々ひょいと左肩に擔ぎ上げてしまう。

「……え？　ちょ、キャッ!?」

「暴れるな、でないと落ちるぞ」

「////ーーッ!?」

驚愕してバタバタ手足をばたつかせる桜のことを笑みじりの低い聲音で咎めると同時。擔いだ桜のを鼓でも打つかのようにパチンッと軽く叩くと、恥に見舞われ真っ赤になった桜がをめたところで、男は今度こそ和室を後にしたのだった。