《狂的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執著〜》鳥籠から出るために⑧
しばし見つめ合ったあと、尊はおもむろに首だけで後ろに振り返った。
そうして背後に見えるリビングのテーブルに並べられた手つかずの料理にチラッと目をやってから、桜に向けて口を開く。
「食べてないようだが、調でも悪いのか?」
の読み取れない端正な相貌と同じ、淡々としていて抑揚のない、が一切籠もっていないような低い聲音。
仕事に戻ると言っていたから、ただ疲れているだけなのかもしれない。もしかすると、機嫌が悪いだけかもしれないが、どこか怒っているように聞こえてしまう。
それなのに、耳にするだけで、こんなにもホッとするのはなぜだろう。
尊の姿に見れていたせいで、やや出遅れてしまったが、慌てて返事を返した。
「……あっ、いえ。そういうわけじゃ」
「ああ、なるほどな。極道者の施しはけたくないってことか」
けれどもすぐに返された思いもよらなかった尊の言葉に、面食らうこととなる。
「……え?」
桜の口からも間抜けな聲が飛び出していた。
どうしてそう思ったかの理由は不明だが。
どうやら尊は、桜が極道者の尊のことを快く思っていないと、勘違いしているらしく、それで気を悪くしているようだ。
尊の聲に、機嫌が悪いとじたのは、そのせいだったに違いない。
兎に角、誤解を解こうと思っているところへ、いつの間にか桜のすぐ傍まできていた尊から重低音が降ってくる。
「隠さなくていい。極道だと知らずに、俺に著いてきたことを後悔してるんだろう」
そこでようやく、尊が何に対して思い違いをしているかが判然とした。
確かに尊が極道だと知り、驚きはしたが、尊に著いてきたことを後悔しているわけではない。
食がわかなかったのは、ただ単純に、こんなにも広い部屋に、ひとり取り殘されて心細かったのと、尊に飽きられたそのあとで、どうなってしまうかが不安だったからだ。
ーーどうしよう。私のせいで怒らせてしまってるんだ。一刻も早く、誤解を解かないと。
大慌てで立ち上がった桜は、必死の形相で、尊に飛びかからんばかりの勢いで言い募っていた。
「あのっ、違うんです。誤解です。私、後悔なんかしてませんッ!」
けれども再び、尊からの意外すぎる言葉が返ってきたことで、自分の抱いていた不安の全てが杞憂だったことを知る。
「無理するな。怖がるのも無理もないと思うが、禮なんて返して貰うつもりもなかったし。あんたには指一本れるつもりもない」
それだけでも驚きだというのに。
「もちろん、売り飛ばしたりするつもりもない」
桜の心のを見かしたかのような言葉を放った挙げ句。
「様子を見に來ただけだから安心しろ。じゃあな」
続け様に、相変わらず素っ気ない聲でそう言い殘すと、踵を返し桜の元から立ち去ってしまおうとする。
意味がわからず、桜は困するばかりだ。
その間にも、尊は歩みを進めていて、桜からどんどん離れて行ってしまう。
それがどうしようもなく、寂しく思えてならない。
自分でも自分の気持ちがよくわからない。
ただはっきりしているのは、尊と離れてしまうのがどうしても嫌だということ。
そしてそう思ってしまう衝を自分ではコントロールできないということ。
「私、本當に後悔なんかしてませんッ! どういうわけか尊さんと離れたくないって思っちゃうんです。何でもしますから、飽きるまで傍に置いてくださいッ! お願い、ひとりにしないでッ!」
そのことを、今まさに、襖を閉ざして部屋から出て行こうとする尊の腰元に抱きついて、引き留めてしまった桜は、をもって実することとなった。
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