《狂的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執著〜》鳥籠から出るために⑭*

ーー綺麗。

刺青を見てそんなふうに思う日が來るなんて、思いもしなかった。

極道に対して、桜の持つイメージがことごとく打ち砕かれた瞬間でもある。

尊が極道者だと聞かされてはいたものの、どこか現実味がなかった。

それはおそらく、どこか気品をじる立ち居振る舞いや、恐ろしく整った容貌のせいだろう。

極道者と言えば、厳つい顔に、暴な口調に橫柄な振る舞い、禍々しい刺青。それがお決まりのように思い込んでしまっていた。

それがどうだろう。

尊の恐ろしく整った相貌に見合った均整のとれた悍なに、鮮やかな彩で緻に描かれた和彫りの龍は、とても神的で神々しいほどに輝いて見える。

正面からのため、右肩周辺に位置する龍の顔だけしか見えず、全貌を窺うことはできない。

だがしい龍が天に向かって力強く駆け昇っていく様はとても圧巻だろう。

なにより、しくも雄々しい顔つきの龍の周りには、薄桃の桜の花弁がひらひらと舞っていて、とても綺麗で印象的だ。

それがなんとも儚げで、ゆえにしく見えるのかもしれない。

だからだろうか。子供の頃、薫に叱られたときなどに、泣きながら庭のソメイヨシノをぼんやりと眺めていたときの景が不意に蘇ってくる。

そのときには大抵、兄やその友人らが機嫌をとってくれていた。

その中に、決まってひとりだけ、泣いている桜の頭を優しくポンポンとでると、『泣いてばかりいたら幸せが逃げてくぞ。だからもう泣くな』そう言って聲をかけてくれる人がいたっけ。

顔も名前も思い出せはしないけれど、その手と聲がとても優しかったことだけは覚えている。

その言葉のおで、メソメソ泣かなくなっていったような気がする。

その頃には、もうその人のことを見かけることもなくなっていた。

ーーそうか。もうあれから十數年以上も経つんだ。

尊の半をぼんやり見遣っていると、尊の淡々とした聲が思考に割り込んできた。

「怖くないと言ってはいたが、墨を見た途端、怖じ気づいたのか?」

その低い聲音には、微かに悲しげな響きを孕んでいるように聞こえてしまう。

極道者だということで、もしかすると、これまで嫌な思いや悲しい思いをしてきたのかもしれない。

桜が抱いていたように、極道者に偏見を持っている人もなくはないだろう。

もしそうだったとしても、自分にはなにもできない。

だったらせめて、この人の心に寄り添いたいーーいつかそう遠くない未來、飽きられてしまうそのときまで。

傷的になったせいか、目頭が熱くなってくる。桜は慌てて気持ちを切り替えた。

ーーメソメソしてもはじまらない。泣いてたら幸せが逃げていくだけだ。その日まで一杯勵まなきゃ。

「違います。凄く綺麗で見れてただけです。特にこの桜。ソメイヨシノの花弁みたいで、綺麗ですね」

そう応えた桜は、組み敷いた自分のことを見下ろしている尊の、龍の顔が描かれた右肩へとそうっと手を這わせた。

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