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「……おい、桜。どうした？　口に合わなかったか？」

帰宅しいつものように尊にあたたかく出迎えてもらった桜は、ハウスキーパーが用意してくれていた鰆とキノコの和風ムニエルとサラダに、尊が作ってくれたという菜と夏野菜をたっぷり使った鶏ガラ仕立ての味しいスープを味わっていた。

けれども樹里のことが気にかかってしまい、桜は上の空で手にしたスプーンで材を掻き混ぜてばかりいる。

の奧に小骨がつっかえたときのような不快な覚を拭うことができずにいたのだ。

そんな桜の元に、正面のダイニングテーブルで食事をとっていた尊に不意に呼びかけられ、桜はビクッと過剰に反応してしまったがなんとか返答する。

「……いえ。とんでもない。とっても味しいです」

「そうか？　まだまだたくさんあるしいっぱい食べろよ」

尊は一瞬訝しげな表を覗かせたが、桜からの料理の想を耳にし、ふっと嬉しそうに相好を崩した。

桜は尊に不審がられずにすんだことに、人知れず安堵の息をらし、さり気なく話を膨らます。

「はい。それにしても、尊さんがこんなにも料理が得意だとは思いませんでした」

「この世界は男社會だからな。下っ端の頃には部屋住みで、行儀見習いに料理や洗濯といった家事までしなきゃならない。だから嫌でもに著く」

「へぇ、そうなんですか」

「ああ。見栄えは地味だが、味だってなかなかのもんだろう？」

「とんでもない。見た目からすでに味しそうだし。味だってお店並ですよ」

「ははっ、だったら時間があればまた作ってやる」

「わぁ！　楽しみですっ！」

結婚する以前もそうだったが、夫婦になってからも、尊は自がを置く極道の世界のことを話すことなど滅多にない。

政略結婚の説明をけたとき以來かもしれない。

そんなこともあり、尊から話してもらえたことが嬉しくてどうしようもない。

元気な返事を返した桜は、弾んだ明るい聲に負けないくらいの、満開の笑顔を綻ばせた。

食事の後には、いつものように尊と一緒に食の片付けをして、リビングダイニングのソファに移してからは、桜の花弁があしらわれた夫婦違いのマグカップに尊が淹れてくれたルイボスティーを味わいつつ、晴れやかな気分でのんびり寛いでいた。

もちろん隣には、コーヒーを注いだ揃いのカップを悠然と傾けている尊の姿がある。

日頃の疲れのせいか、心地よい眠気にわれた桜は、いつしか尊のにそうっと寄りかかり、尊の溫と匂いと幸福とにほわりと包まれうっとり酔いしれていた。

そんな桜の気持ちに水を差すようにして、尊自ら樹里の話題を振られることとなり、舞い上がっていた桜の心はたちまち急降下。

「それはそうと。今日、撮影現場に匡と樹里さんが行っただろう？」

「……は、はい」

ずっしりと重い荷でも背負わされた心地だ。

そんな桜に対して、尊はその経緯について説明をはじめた。

なんでも樹里は、この春、大手蕓能事務所を退社し獨立したばかりなのだとか。

立ち上げた事務所も軌道に乗り、し余裕がでてきたというのを聞きつけ、尊が打診したのだという。

その話からも、尊の穏やかな表からも、會長である櫂に対するもの同様、樹里への信頼度が窺える。

尊と出逢ってまだ二月足らずの桜の知らない尊のことをよく知る樹里との絆をまざまざと見せつけられたような気がしてくる。

「男には言い難いこともあるだろうから、不安なことや困ったことがあればなんでも相談するといい。もちろんこれまで通りヤスたちにも著いててもらうがな」

「……はい。ありがとうございます」

けれど尊の口振りから、桜のことを気遣ってのことだったと知り、モヤモヤとしていた心がしずつ澄み渡っていく。