《狂的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執著〜》極道の妻として⑩
奧座敷に招きれられた桜と尊は、弦一郎によって床の間に生けられた紫花の花を眺めつつ、祖父との楽しい話に花を咲かせていた。
近況を話し終えた桜が使用人が用意してくれた和菓子を味わい、抹茶を飲み終えようかとしていたときのことだ。
不意に會話が途切れ、ガラス戸が開け放たれている縁側からは、梅雨の晴れ間のおで清涼のある風が緩やかに流れ込み、軒先に吊された風鈴が涼やかな音を奏でていた。
ちょうどその音に被さるように放たれた、「夕飯も食べていくだろう」という弦一郎からの問いに、尊が「いえ、そこまで甘える訳には」そう告げて、やんわり斷りをれようとしたのに対し。
「そんなに遠慮することはない。儂にとって桜は可い孫だが、尊くんだって可い孫じゃないか」
引き留めにかかった弦一郎の口から。
「それなのに……ふたりして、水くさいじゃないか。いくら姪の絹代が亡くなり縁が切れてしまったからって、そんな他人行儀な」
思いもよらない言葉が飛び出してきたことにより、それまで和やかだった場の空気が一変することとなった。
どこか悲しげにそれでいて不服そうな、なんとも表現しがたい複雑な表の弦一郎は、ふたりの出方を窺うように腕組みを決め込んでいる。
桜は訳がわからず、思わず弦一郎に問い返すも。
「あの、お祖父さま、なにを仰ってるのか意味が……」
「なんだ。妻の桜にも黙っていたのか?」
弦一郎は、事態を把握できてない桜の様子に驚嘆するばかりで、桜のしい返答は得られなかった。
「……すみませんでした。もう隨分昔のことなので、てっきりもう、覚えてらっしゃらないものだと」
だが弦一郎の様子からも、桜同様に驚いた様子を見せたもののたった今頭を下げた尊が弦一郎へ向けた言葉からも、どうやらふたりが以前からの知り合いだったことが窺える。
ーーど、どういうこと? 知り合いだったなんて、そんなの初耳なんですけど。
桜はふたりの會話に著いていけず、オロオロと弦一郎と尊のことを互に忙しなく見遣ることしかできないでいる。
そうしている間にも困しきりの桜のことを置き去りにして、ふたりの會話はどんどん進んでいく。
「確かにそうだが。どこかで君に會ったことがあるような気がして、調べさせてもらったんだ。……あの頃は力になれず申し訳ないことをしたね。そのことをずっと詫びたいと思っていたんだ」
「いえ、そんな。やめてください。あなたに詫びていただく謂れなんてありませんから」
「いや、それでは儂の気が収まらんよ」
事を知らないためどうとも言えないが、はじめは弦一郎が憤っていたように見えていた。だがいきなり尊の眼前で詫びたいと言って深深と頭を下げる祖父に対して、慌てた尊は前のめりになってそれを止めようとしている。
どちらも折れる素振りがなく、同じやり取りが永遠と続きそうな勢いだ。
基本的に溫厚な弦一郎ではあるが、なかなか頑固なところがある。
極道者である尊はこれまで桜に対してそうだったように、言わずもがなだ。
ーーそんなことより、どういうことなのか説明してしい。
埒があかないと判斷した桜はふたりの間に割ってった。
「あの、ふたりとも、一どういうことなんですか? 私にもわかるようにちゃんと説明してくださいッ!」
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