どれくらい苦手かと言えば、オフィスにいても日のり時間になれば悪寒がし始め、見知った社員でも男とふたりきりになれば冷や汗が出るほど。

その男がイケメンかどうかは、苦手意識の強弱には実はあまり関係しない。だからイケメン課長を見に行きたいとも思わない。

彼がこの地味な見た目をキープしているのも、できるだけ男に聲をかけられないための予防線なのだ。

「聞いてる？  雪乃ちゃん。男の人が苦手なのは重々分かってるんだけどさ、やっぱり雪乃ちゃんにしてほしいな。面白がって言ってるんじゃないよ？  誰かにちゃんと守ってもらってしい。こんなにいい子なんだから」

「ありがとうございます。でも、いいんです、私」

〝いいんです〟と言った雪乃は皆子に謝しつつも、実はマスクの下で微笑んでいた。

なら実はもうしている、というささやかなを、皆子にも黙っているからだ。

と言っても、実際は、雪乃が一方的に憧れを抱いているに過ぎないほんの小さなだった。わざわざ皆子に話すことのないやかなもの。

しかしその憧れの人のおかげで、彼は毎日小さな幸せをじていた。

その憧れの人との共通點は、〝駅〟にある。

雪乃の自宅から最寄り駅までは、徒歩八分。

朝の出勤の時間、その人は必ずその駅にいて、同じ電車を待っているのだ。

男はし目を引くくらいに背の高いスーツ姿で、雪乃と同じく眼鏡とマスクをしている。素顔が見えない謎めいた男だ。

おまけに最初に見かけた秋からずっと丈の長いコートを著ているため、背の高さ以外にスタイルの良し悪しも分からない。

まさに、雪乃と同じ、完全防備を貫いている。

毎朝いるその人を雪乃が意識し始めたのは、ふとしたきっかけだった。

それは二週間前のこと。

都心に近付き電車は満員になったある日の朝。

その人の席の前に、六十代くらいのが座れずに立っていたことがある。

近くに座っていた雪乃は席を譲ろうかと考えたが、それほど高齢とは見けられないに表だって譲っては迷かも、と悩ましくなりけなかった。

誰か気づいて譲ってくれたら。いやでも、それなら自分が率先してくべき。……でも、もし迷だったら。

ぐるぐると迷っているうちに時間が過ぎていく。

しかしその心配は杞憂に終わった。

ちょうどそのコートの男が電車を降りたことで、は無事にその席に座れたのだ。

雪乃はホッとをで下ろし、スッキリとした気持ちでそれから二駅先の目的地で降車した。が、そこで目撃する。

先ほど前の駅で降りたはずの男が、別の車両から降りてきたのだ。

それから見かけるたびに観察していた雪乃は、彼が裏に、席を譲る行為を誰にも気付かれず、しかし何度もしていることを知る。

なぜか彼のことが気になってたまらなくなった。

素顔も見えない、聲も聞いたことがない。謎に包まれたその人のほんのしの優しい素顔が見えた気がして。それはやがて雪乃の中で膨らんでいき、際限なく化され続ける。

彼と降車駅も同じだと分かると、さらにその先も知りたくなった。

せめて駅から出た後、どちらの方向へいくのか。

あるとき雪乃は、彼が降車後、駅の近くのカフェで朝のコーヒーを飲むことが日課だと突き止めた。

別に後をつけたわけではない。降車後の彼を意識して見ていれば、容易に目にる景だったのだ。

その人のことはそれだけしか知らないが、彼のおかげで、男にまみれ苦痛でしかなかったはずの通勤が楽しみに変わった。

謎めいた素敵な人。

朝だけ會える〝駅の君〟。

雪乃は今も彼を思い出すと、素顔や聲を妄想しては顔が熱くなるのである。