《【コミカライズ】寵紳士 ~今夜、獻的なエリート上司に迫られる~》「大丈夫ですか」5
數分後、いつもの駅に到著した。
スーパーやコンビニの富な住宅地だが、この時間では外を歩く人はなくなる。
電車を一歩降りたところまで男は付き添ったものの、ふらつく足もとでもきちんと地面に立てていると確認できると、雪乃を支えていた手をパッと離した。
「ここからは帰れますか」
まだ淺い呼吸が続いていた雪乃だが、彼の問いに掠れた聲で「はい」と返事をする。
この時間の夜道を歩いて帰ることは彼にとって到底無理なことだが、東口を出ればタクシーの営業所がある。それに乗ればなんとかなるだろう、自信はないものの、そう思うしかなかった。
「では、俺はこれで」
「……はい。ありがとうございました」
非日常だった電車とは違い、あっけない會釈で終える。
眼鏡とマスクの彼とはそれ以上なにもなく、大きな歩幅で階段を降りていった。雪乃もなにもせず、靜かに背中を見送るだけ。
(……素敵な人だった)
かすかな寂しさに浸るが、ここから帰るという試練が殘っているため気を強く持ち直す。
歩きだす前に、なんとなく背後にまだ停まったままの電車を振り返った。
するとふたりが座っていた車の席に、立て掛けられたままの紺の傘が目にった。
(あの人の傘……!)
とっさに中にり、傘を取ってすぐに外へ出た。
電車に揺られていたときの彼はこれを持っていたのに、今見送った彼は手にしていなかった。
取っ手がまだかすかに溫かい。
ふと見ると、傘には有名なビジネスブランドのロゴがっている。
憧れの人の私、そしてブランド。自覚した雪乃は思わず持つ手が震えて落としそうになったが、くるりと回ってなんとかキャッチ。
傘を浮かせて持ったまま、駅の東口の階段から人のいないバスの停留所までかけ降りた。當然だがすでに男の姿はない。間に合わなかった。
追いかけたいが、予想以上の暗闇に足がすくみ、ここから先に進むのは難しかった。振り向いてももう誰もいない。
出遅れたせいで、電車にも、道路にも、人がいない。
タクシーを使うという宣言も、足がすくんで出來そうにない。
そもそも、営業所の前に停まっているタクシーの運転手に聲をかけることは、男が苦手な雪乃にとってはすこぶるハードルの高いことなのだ。
とっさに一歩、階段の近くに戻る。
傘を屆けることは難しいと判斷したが、ならば落としとして駅員に引き渡さなければならない。
(無理だ……)
すでにキャパシティオーバーで、冷や汗、過呼吸が止まらない。階段を駆け上がるにも、人に話しかけるにも、ひとまず神を落ち著かせる時間をとらなければ、一歩足りともける気配がなかった。
ひとまず、すぐそばにあったベンチに座ってみる。おしりがヒヤッと冷たくなった。
雪乃は傘を地面につけないよう膝の上で橫に倒し、ロゴを見て呼吸を落ち著かせることに集中する。
タクシーの運転手に聲をかけるチャンスは何度もあったが、タクシーに乗ること自が恐怖になった。どこかに連れ去られるのではないか、という一般人には理解しがたい恐怖の妄想が彼には駆け巡り、一歩を踏み出すことができない。
治まらない呼吸につられ、しだいに涙が滲んでくる。
「はっ……はっ……」
雪乃の手にある傘。
今はその溫もりにしかすがることができなかった。
彼は持ち手に刻まれたロゴを指でなぞりながら、ただ下を向いて耐えていた。
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