《【コミカライズ】寵紳士 ~今夜、獻的なエリート上司に迫られる~》「大丈夫ですか」6
それから、では數十分、実際には五分が過ぎた頃。
相変わらず落ち著かない雪乃は、前方から近づいてくる足音に気付かずにいた。
道路の続く先の暗闇に、なんと再び例の彼が現れたのだ。
彼はなぜかロータリーに沿って駅へと戻ってくる。
雪乃はベンチで肩を震わせていたが、やがて彼の爪先が視界の地面にり、ビクッとを揺らしてやつれきった顔を上げた。
「すみません、先ほどの方ですよね」
「え、は、はい……」
「もしかしてその傘、 俺が電車に忘れたものでしょうか」
彼の低く穏やかな聲に安堵する。
また彼と話せるなんて、としつつ、恐怖の中で言葉が出なくなった。
「そう、です……」
「よかった。屆けられてないかと思って一応戻ってきたんです。取っておいて下さりありがとうございました。……あの、まだ帰らないんですか?」
「……大丈夫です、もうししたら、タクシーで帰ります……」
「タクシー?」
男はすでに何臺か停まっているタクシーに目をやり眼鏡を曇らせながら、雪乃のそばへ寄った。
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話しながら彼の様子がおかしいことにすぐに気付く。
気付いたというよりも、停電した電車での取りした様子がまだ続いているのではないかと。
彼は目を細めた。
電車のときと同じく、雪乃の前に屈み、「大丈夫ですか」と聲をかける。
雪乃はもはや聲だけでなく顎をガタガタ震わせながら、問いかけには消えるように「すみません……」とだけつぶやく。
男はすぐに彼の背中に手を添え、視線を合わせた。
「落ち著いてちゃんと息をしましょう。深呼吸できますか」
「深呼吸……」
「そうです。深く吸って、吐いて」
雪乃は背中をでられながら、男の低い聲に合わせて素直に深呼吸を始めた。
「はい、もう一度。吸って……吐いて」
催眠のようないざないに、しばらくして呼吸は規則的なものへ戻りっていく。不思議と視界もクリアになった。
「……ありがとうございます。治りました」
雪乃がそう言っても、彼は到底安心できなかった。
別れて戻るまでの目を離したわずかな時間で、彼はこんなにも悪化したのだ。またいつ過呼吸になるか分からない。
彼はすぐに去りはせず、隣に座り、まずは傘をけ取った。
「暗闇が苦手と言っていましたが。結構、大変な癥狀なんですね」
「はい……。夜道がもともと苦手なのですが、電車のショックでいつも以上にけなくなってしまって」
「なるほど。いきなりでしたからね」
「本當に、けないです。でも、おかげさまで治まってきたので、し落ち著いてからタクシーに乗れそうです」
いやとても大丈夫には見えないと不安に思った彼は、タクシーの営業所に目をやった。
そこまで付き添いタクシーに乗せるのは簡単だが、弱っている彼に運転手が親切な言葉をかけて労ってくれるとは限らない。
彼が無事に家に帰れたかどうか、やはり自分の目で見屆けたいという気持ちになった。
「家はどちらなんですか」
ついに男が尋ねると、雪乃は道路の先の闇を指差し、「歩いて數分です」と答えつつ、「近いので、大丈夫です」と憔悴した笑顔で付け足した。
「それなら俺の家とそう変わらない距離です。もしよければ、送りましょうか」
男は、最初からこうすればよかった、これが當たり前の改善策だったとばかりに、立ち上がって彼に手を差し出した。
雪乃は困った顔で、その手と彼の顔を互に見る。
「そんな……これ以上ご迷をかけるのは申し訳ないです」
「迷ではありません。余計なお世話かもしれませんが、心配なんです。送らせてもらえませんか。傘のお禮だと思って」
優しい言葉で提案してくれる彼。
ここまで言ってくれるのなら甘えてしまってもいいのだろうかと、雪乃はおずおずと彼の手をとってみる。
大きくて骨ばった、それでいてしなやかな。手にれると急に、彼のことがすごく好きだという想いがあふれた。
席を譲っていたイメージのとおりに優しく、思いやりのある人。
もしかしたら今まではとまでは呼べないものだったかもしれないが、その優しさが自分に振りかかった今、雪乃は改めて気持ちを確信した。
ただ、別にそれをどうしようというつもりはなく。
「……お願いしてもいいんですか?」
「もちろん」
彼は雪乃の手を引き、立たせた。男の手にれたのは何年ぶりか。自分の手とはまったく違う力強いは、暗闇の恐怖に一瞬で打ち勝った。
「よろしくお願いします。……えっと、お名前……」
「高杉といいます。高杉晴久たかすぎはるひさです」
「高杉さん、ですね。私は細川雪乃と申します」
「細川さん」
名前を確認するように、晴久は復唱してうなずく。彼の口から自分の名前が出るなんて。雪乃の顔はポッと熱くなり、手もじわりとった。
「行きましょうか」
「はい」
ほんじつのむだぶん
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