《噓つきは人のはじまり。》噓と本音の境界線

玲には五つ離れた雙子の弟と妹がいる。雙子ということもあり、い頃は両親が二手に別れてどちらかにつきっきりだった。

両親に甘える弟と妹が羨ましかった。だけど、「お姉ちゃんだから」と我慢した。

一方で「お姉ちゃん」と頼られることも嬉しかった。雙子たちの面倒を見れば母に褒められる。「ありがとう」と謝された。それが嬉しくて玲はずっと自分のことを後回しにしていた。おかげで甘えることを知らない意地っ張りで強がりな格が育ってしまった。

「五分遅刻」

「ちゃんと戻ってきたじゃないですか」

玲は一杯頑張った。たった二時間でシャワーを浴び支度をしてごはんまで作った。

途中、九條から連絡が來て「オムライスが食べたい」だの「ハンバーグがいい」だの言いだして材料のないものは諦めてもらえるようになだめるのが大変だった。

そうやってなんとか作って家を出たのだ。もうひとつ言えば家を出る前に「これから出ます」とちゃんと報告もしている。

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その時點でし遅れるのは分かっていた。それなのに「遅刻」と言われた。

ただし九條の表はその言葉と裏腹にひどく嬉しそう。

それほどまでに嬉しそうな顔をされてしまうとこれ以上何も言う気にはなれなかった。

「大前提だからな、それは」

「はいはい」

「いい匂いがする」

「ちゃんとオムライス作りましたから」

玲は右手に持った保冷バッグを持ち上げた。だが九條は「そうじゃない」と首を振る。

「玲の匂い」

抱きしめられてスンと息を吸い込まれた。

確かにここに來る前にシャワーを浴びた。髪も洗った。その匂いだろう。

だけどそれを犬のようにくんくんされると恥ずかしい。やんわりと九條の肩を押し返した。

「離れてください」

「嫌だ」

「じゃあここで失れ」

「どうぞ」

さっと退けた九條は玲に上がってこいと促した。その変わりの早さに苦笑する。

玄関でこれだけ時間がかかるのもどうなんだろう。

だがご機嫌な様子で玲の後ろをついてくる九條に何も言う気にはならなかった。

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「三十八度一分ですね」

九條は玲が作ってきたオムライスをぺろりと平らげた後、薬を飲んで計溫した。

ピピピッと溫計のアラームが鳴り、數値を見て九條はホッと表を緩めた。

本人にしてみればだいぶ良くなったのだが、まだ三十八度もある。

「早く寢てください」

玲は九條を寢かすために寢室に追いやった。

だけどそれに不満らしい。不貞腐れている。

「眠くない」

「なに子どもみたいなこと言ってるんですか」

大人しくベッドに橫たわったものの九條は眠くないから眠れないと言い張る。

構ってしそうにじっと目が玲を追いかけてきた。

「寢てください」

「玲も寢よう」

「もうその手には乗りません」

乗ってよ、と九條の手がびてくる。

玲は「乗りません」とびてきた手を一度は躱したものの、を起こしてまでばされた手を拒むことはできなかった。

「こうするとよく眠れた」

「起きたじゃないですか」

「玲が逃げようとするから」

結局昨夜と同じように背後から抱きこまれてしまった。

だけど不思議とそれは悪くなかった。警戒する心がないわけではない。

人間誰しも心が弱っている時は甘えたくなる。傍にいてしくなる。その気持ちはわかる。

今回は、たまたまそれが玲だった。都合よく自分がいた。

そんな自分に九條が甘えているだけ。

病気の時ぐらいは優しくしようと玲は菩薩になったつもりで九條の抱き枕になった。

おかしなことは続くものだ。

背後から抱きしめられていたはずなのにどうしてか今玲は九條の寢顔をまじまじと見つめていた。

九條を寢かせるつもりがいつの間にか寢落ちていた。

目が覚めてパッと視界いっぱいに映った九條のドアップ。

昨夜それ以上に驚いたせいで今更飛びあがることはなかったが、こうして改めてじっくり見てみると九條の顔立ちがいかに整っているのかよく分かった。

玲はあまり人の醜に興味はない。確かに整っているな、とは思うがそれだけだ。

面食いではないし自分がそれを言える立場でもないと弁えている。

顔のせいで若く見られるが玲はコンプレックスだった。

未玖のような大人っぽく目鼻立ちのはっきりした顔立ちに憧れたが高校生の頃からアラサーに見られるほど大人っぽすぎるのも考えものだ。

その點九條はいい意味でちょうどいい。年齢より落ち著いて見えるが數歳の誤差程度。

顔立ちは十分若く見えるが雰囲気がそう見せているのだろう。二十代で起業し、その時の苦労がいい形で雰囲気に出ていた。

一般的に會社の五年生存率は約五%で、百社起業するとそのうちの九十五社は五年以に潰れてしまう。玲は會社を続ける大変さをきちんと理解している。コンサルティングをしていると倒産した、合併した、という話はよく聞くからだ。

そんな中、九條の會社は七年目を迎えた。これから十年目、十五年目とまだまだ長が著しく周囲から期待もされている。

きっといろんなものを抱え過ぎてその疲れが出たんだろう。熱は昨夜よりも落ち著いたが、ぶり返さないように気をつけなければいけない。ただ問題なのは本人がそこまで大ごとに捉えていないことだ。目を離した隙に仕事をしそうな雰囲気はある。実際し仕事をしていたのだろう。リビングのテーブルには昨日なかったパソコンが置かれていた。

伏せられた長いまつをぼんやり眺める。だが、そのまつがわずかに震え、気だるげに持ち上がった。じっと見つめれば焦點の合わない目が數回瞬くと嬉しそうに目が細められた。

とくん、と心臓がし大きな音を立てる。

とくとくとく、と規則正しくいていたはずなのに、今九條に微笑まれただけで飛び跳ねたのがわかった。

玲は気づかないふりをしながら何も言わずに嬉しそうにしている九條を眺め続ける。九條は小さく笑うと甘えるように玲を抱き直し、頭頂部にを押し付けた。

「…?!」

何をされたのか理解した玲は驚いて顔をあげた。だが九條はかく笑うだけで何も言わない。居心地悪そうにぎをすればクスクス笑いながらまたキスをされる。

だめっ

玲は囚われた腕の中でなんとか逃げ出そうとした。それなのに九條の目を見てそのきを止めてしまった。さっきまで笑っていた目が今は酷く真剣で、ほのぼのとした雰囲気が一転し、ピリッとしたが漂った。

「玲」

寢起きの甘く掠れた聲がひどく心臓を揺さぶった。鼓がわずかに早まり息ができない。覗き込まれた視線から逃げるように視線を逸らすと九條が小さく笑った。

「…何がおかしいんですか」

「ん?意識してるなって」

ここで「意識なんてしていない」と鼻で笑えるぐらいに演技ができれば良かったんだろう。だけど玲は噓をつくのが下手だった。態度に出た。丸わかりだった。

「言っただろ?される覚悟しとけって」

「…それは」

どういうことですか、という言葉は全て飲み込まれた。九條の口の中に消えていく。

驚いて目を丸くする玲に九條は小さく笑うとまたキスをする。

に、目頭に、額に。次々とキスを落とされて玲は小さな抵抗で九條の肩を押し返した。

「嫌?」

九條に尋ねられ玲は小さく頷く。

「何が嫌?」

「何が嫌って」

「俺だって嫌だ。俺の知らないところで玲が他の男と會ってるって知った時、そいつを殺してやろうかと思った」

穏やかではない言葉が出てきて目を剝いた。そんな玲に九條は鋭い視線を向ける。

「ゴールデン・ウィーク、誰とどこにいた?」

「…え?」

「玲」

ただ名前を呼ばれただけなのに、ひどく責められているような気がした。何も悪いことはしていないのに、どうして九條に怒られるのか理解できなかった。

「誰とどこにって」

「俺は何も聞いてない」

とても苛立った聲だった。確かに玲は九條に言ってない。でもわざわざ言う理由がない。

「言っただろう?付き合おうって。俺は言った」

「付き合う、とは言ってない」

「付き合わない、とも言われていない」

確かに否定はしなかった。でもそれは承諾していないなら際に発展しないと思っていたからだ。

「俺はちゃんと薔薇の花束も持ってきた。いくら過去のことでもちゃんと約束は守った。過去の出來事も全てひっくるめて玲を守りたい、と。それをふまえて俺にされる覚悟をしろ、と」

________玲が、きみが好きだから。

落ちてきた言葉は何重にも波紋を作った。玲の不安定な心にじわじわと浸していく。

それと同時に楽しかったはずのゴールデイン・ウィークのことを思い出した。ロバートは確かに楽しんでいた。玲が勝手に不安になっていただけで帰り際に「パースで待ってる」と笑ってハグしてキスして別れた。

だけど一緒に過ごした四日間でロバートはこんなふうに強く抱きしめてくれただろうか。を囁いてくれただろうか。

たしかにベッドの中では手を繋いでくれた。くっついても嫌がられることもなかった。セックスができなかったことを責めらることもなかった。

だけど他にやりようはあったのではないか、と後悔ばかりだった。

自分が嫌だからそれを誤魔化した。なくともロバートはそのつもりだっただろう。

それを自分で壊しておきながら後悔するなんてどうしようもない。

玲はを噛み締めて涙を堪える。だけど簡単に堰き止めていたものが崩壊し、次から次から溢れだした。

玲がなぜ泣き出したのか分からなかった。

確かにゴールデン・ウィークに自分に黙って人と會っていたのは腹が立った。

腹が立ち過ぎて寢付けないほどには苛ついた。

そのが言葉に乗っていたのだろうか。し怖がらせてしまったか、と聲を押し殺して泣く小さな頭をでながら九條は反省した。

「…ごめんなさい」

「いや、俺も的になった」

玲は素直に謝った。だが九條も自分が悪かった、と謝罪を返す。

だが玲はそうじゃないと首を橫に振って否定した。

「…アイツと何かあった?」

玲は肯定も否定もしなかった。

だけどその質問にわずかに瞳を揺らした。九條はそれを見逃さなかった。そして逃すこともしなかった。その目は何かあったとしっかりと伝えていた。

「泣くほど嫌なことされた?」

「違うっ」

「だったら何?」

「それは…」

玲はどうしようかと躊躇った。こんな話を九條にするのは違うとわかっている。セックスが苦痛、なんてそんな相談を未玖にならまだしも九條に言うのは躊躇われた。

「…誰にだって言いたくないことはあります」

「一生解決しなくてもいいのか?」

玲は俯いた顔をあげた。まるで全て見かしたような視線とぶつかり玲は視線を逸らした。

「他の人には相談できる。でも俺には言えない?」

違います、と言えば「じゃあ何」と言われるだろう。「そうです」と言っても「どうして」と言われそうだ。

玲が応えあぐねていると九條がさらに一歩踏み込んだ。

「好きな人が悩んでいたら力になりたい、と思う。それがそんなにいけないことか?」

玲はし悩んだ末、観念するようにポツリポツリとその理由を話し始めた。

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