《噓つきは人のはじまり。》迷う心

一度一線を越えて以降、當たり前のように二人は関係を持ち続けた。

九條は玲の自宅にやってくると我が家のように寛ぎ、當然のように泊まっていく。

玲の自宅から職場に向かい「ただいま」と帰ってくるようになった。

家では普通に仕事の話もするし、どうでもいい話もする。

義務もあるので詳しく話せないが、玲が何かに悩んだ時に耳を貸してくれるぐらいにはとてもいい関係を築いていた。

ただどうしてもはある。下心もある。九條はもうそれを隠さないし隠そうともしない。酷い時は食事もしないでベッドに連れていかれた。でもどんな時も玲を優しく抱いた。丁寧すぎるほどにして玲をぐずぐずにけさせるとゆっくりと花が綻ぶようにを開いていった。

そんなある日のこと。ここ數日、帰りがけに妙な視線をじていた。

通勤は當然電車を使う。一方九條は車通勤だ。ADF+訪問日は「一緒に乗っていけばいいのに」と言われたが玲は斷った。

というのも玲にも楽しみがある。朝はコンビニでお菓子を買ったり、気分に合わせてカフェでドリンクを買って出勤する。今日は何を飲もうかなと考えるのも楽しい。

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カフェは會社の最寄り駅からオフィスの間にある。

つまり、車で行くとカフェに立ち寄れない。

「それ、九條さんは知ってるの?」

なんとく未玖に相談した。未玖は人だ。玲は未玖もそういう経験があるかもしれないと思った。しかし未玖はなかった。重ねて「癡漢はあるけど」とも言われた。

「…言ってない」

「先に九條さんに相談しなきゃ」

「…そう、だよね」

九條との関係は未玖にバレてしまった。どうしてバレたのかは分からない。

未玖に聞けば「勘」と言われたが、未玖にしてみれば明らかにオーラが違った。

艶も表も違う。そしてしだけ表が明るくなった。玲の事を知る未玖は帰國した玲の表がどこか暗いことを気にしていた。本人にそのつもりはなかったようだが、なんとなく諦めのような雰囲気もあった。

玲と食事をしながらなんとなくの未來像を聞いて、未玖は悔しくて仕方なかった。あれだけ夢に向かってがむしゃらに頑張っていた玲が夢を諦める。コンサルタントになりたい、と目を輝かせていたのにそれを捨てるという。そんな彼の心を本からポッキリと折ってしまった事件が憎たらしく、それと同時に何もできなかった自分がけなかった。

「いいんだよ。流されちゃえば。もうちょっと狡くてもいいの。真面目に考えすぎ」

「…うん」

玲は人とまだ別れていない。電話で話せることでもないし、荷は向こうに置いたままのものもある。それに本當に別れていいのかも分からなかった。九條に流されているのは認める。ただ、「好き」かどうか聞かれると答えが出なかった。

大切にされているな、とは思う。仕事の相談が出來て、一緒にいることがいつの間にか自然になっていた。何を作っても「味しい、味しい」と食べてくれるのも嬉しかった。「あれ作って」「これ食べたい」というリクエストにも応えたかった。時々新作のスイーツを手土産にして帰ってくる。それを酒のあてにしながら飲むのも楽しい。

だからといってそれとは別だ。これ以上九條に迷をかけるつもりはなかった。頼ることもしたくなかった。そんな気持ちから未來に相談したのに參考にならなかった。

結果的に「どうして早く言わなかった」と怒られることになるのだが、玲はまだ実害がないこともあり、気のせいだとスルーすることに決めた。

コツ、コツ、コツ、とヒールの音と重なるようにもうひとつ足音が聞こえる。玲はどこか張したように速度を速めながら自宅に向かっていた。

同じ道を通る、ただの人。

大丈夫、気のせい、と思い込ませてその日は自宅に戻った。

だが翌日も翌々日も同じように足音が重なった。一度勇気をだして振り返ってみたけれど誰もいなかった。だからやっぱり気のせいだと安堵していた。

「今晩し遅くなる。食事も要らない」

その日、朝食を食べていると九條が面倒くさそうにため息をついた。

ここ最近は外食が続いている。九條はのんびりと自宅で玲と食事をしたいと言う。玲はそれがしだけ嬉しかったりした。

「わかった」

「なるべく早めに帰るから」

仕事が終わる頃、タイミング良く山崎に食事にわれた。玲は「家に帰っても一人だしな」と思いながら承諾する。緒方も加わりいつもの三人で食事をしてしいい気分で帰路に著いた。

だからとても油斷していた。

「オカエリ」

マンションは道路に面しており、そこに數段階段がある。その數段に見知らぬ男が座り込んでおり玲が通ると聲をかけられた。

誰?と考える前に手首を摑まれる。持っていた鞄が肩からずり落ちた。

「いやっ!」

男は玲の手を引くと駅とは反対方向へ歩きだした。抵抗するも引きずられてしまう。ヒールが引っかかりバランスを崩した。派手に転けて足を捻った。

ひどく冷えた目だった。

見たことのない男は座り込んだままの玲を見下ろした。

どうしてこんな時に誰も通らないのだろうか。玲は怖くて視線を曬せないまま誰か通ってくれることを願った。

「おい、立てよ」

男は玲の手首を摑むと立たせようと腕を引っ張った。だが玲は腰が抜けたのと恐ろしさのあまり立つ力がない。恐ろしさのあまり聲も出せずにガタガタとを震わせた。

「浮気してんじゃねえよ。このビッチ!」

男は苛立たしげに両手を離すと玲を詰った。玲はなぜこの男に詰られるのか理由は分からなかったが、男から吐き出された言葉に酷く傷ついた。

「可がってやろうと下手に出れば浮気しやがって」

玲は全然なんのことが分からなかった。

この男は誰で、誰のことを言っているのだろうか。だが大聲を出されて萎してしまった聲は反論もできない。

「來い!俺がしつけてやる!」

「痛っ!」

摑まれた腕に爪が食い込んだ。

食い込んだからが滲む。

「早く立て!」

「ぐっ、」

玲は咄嗟にの奧で九條の名前を呼んだ。だけど聲にはならなかった。

男の聲が怖くて、自分を見下ろす目が怖くて、なぜ自分がこんな目に遭っているのか分からなくて、次から次へと涙が溢れた。

(怖い、怖い、怖い)

玲は俯いて歯を食いしばった。痛みと恐怖でい付けられているようにかなかった。男が玲を引き上げようと強く腕を引くもののおに接著剤がついたようにかない。

「くっ、」

引き上げられた腕がその勢いのまま放り投げられた。制が大きく崩れてその場に橫に倒れてしまう。

夏のアスファルトにれて焼けた。熱くて痛い。

男は起きあがろうとする玲を押さえつけた。ニタリと下品な笑みを浮かべて手で口を抑えられる。

「騒ぐなよ。騒ぐと、ぐっは…」

突然男のが真橫に飛んだ。

何が起きたのか分からず玲はを強ばらせた。

男は地面に叩きつけられると、もう一度長い腳に蹴られた。

驚いて見上げれば、九條がネクタイを解きながら男を拘束したところだった。

「…玲っ、」

九條は男の両手を封じると呆然としている玲に駆け寄った。玲は九條の姿を見た途端、酷く安心して涙が止まらなかった。

「ごめん。ごめんな、玲」

玲を抱き締めながら九條は玲に謝罪を繰り返した。玲はなぜ謝られているのか分からなかった。抱きしめられたことに安心してそのまま意識を手放した。

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