《噓つきは人のはじまり。》心の距離
「…家に帰ろうと思うの」
白くらかなに顔を埋めながら梓は耳を疑った。余韻のせいか玲の聲はけている。阻止する方法を考えながら梓は「どうして」と抵抗した。
「…自分の家に帰ったらダメなの?」
ついさっきまでまとわりついていた溫がもうしい。梓の下半も同意らしく、ささやかな準備を始めた。だらんと力を抜いた腳を持ち上げて開かせる。玲に抗議される前にを垂れ流していたソコに顔を埋めた。
******
『デートしよう』
それは思いつきのような提案だった。玲が帰りたいと梓に溢したせいなのか、それとも梓が玲を元気付けようとしてくれたのか分からない。玲はベッドで包まっているところを無理矢理起こされて半ば強制的に車に乗せられた。
そういえばこんなこと、前にもあったなあ。
四ヶ月ほど前のことを思い出しながら玲は欠を噛み締めた。ご機嫌な様子でハンドルを握る運転席の男はとても楽しそうだ。ちなみに玲は寢不足だしが怠い。今もまだ下腹部に違和がありありと殘っている。ふたりの溫度にかなり差があった。
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「腹減らない?何か食う?」
「この辺って何が有名なの?」
「しらす?とか?」
九條の曖昧な答えに玲は「しらすかぁ」とこぼした。自分はしらすでもいいが、それで満足する人じゃないでしょうと橫目に見る。
「別に名じゃなくてもいいだろ」
「どうせなら名がいいじゃない」
「なんでもいいよ。決まったら教えて」
はいはい、と言えば車がわずかにスピードを上げる。
驚いて玲が顔をあげればとても楽しそうな笑顔が返ってきた。
「味かった」
「さすが港町だったね」
九條が玲を連れてきたのは江ノ島だった。たまたま玲が見ていたドラマのロケ地が江ノ島のということもあり、愚図る彼をなんとか宥めすかして江ノ島に連れてきた。
適當に道を歩き、それらしい店を見つけた。壽司屋だった。東京の高級鮨店のような場所ではなく、昔ながらのカウンターと座敷のあるこじんまりとした個人商店だ。近くの漁港で獲れた魚を贅沢に使い、彩も鮮やかな海鮮丼や立派な兜まで殘ったお造りはとても豪快でそれでいてとても味しかった。
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「これからどこのに行くの?」
「ん?水族館」
水族館、と玲は繰り返した。そんな玲の手を繋ぎながら梓は訊ねる。
「いや?」
「あ、ううん。そのひさしぶりだな、と思って」
「俺も」
だから楽しみ、と笑う九條につられて玲も笑顔を返した。
スタジアムは黃い聲援に包まれていた。イルカたちが音楽に合わせて、調教師の合図で空を飛ぶ。ボールを蹴り、を潛り、鮮やかなスピードで泳ぎ回ったと思えば、可らしい聲で鳴き、褒の魚を強請った。
「かわいかった」
「そうだな」
「いるかって賢いよね」
來るときはあれだけ嫌がっていたのに現金なやつだな、と梓は笑う。だが玲に言わせてみれば昨夜遅くまで寢かせてくれなかった上、朝もしっかりもつれあった後のことだ。力お化けなのか力お化けなのかどちらでもいいが、それに付き合わされるこちらのになってほしい。
「次何見る?」
「こっちはクラゲだって」
ここまでにペンギンを見て悶えてアザラシも見てとろけた。カワウソもカピバラもいてほっこりした。ふれあいコーナーでは鮫にって「これが鮫」とくだらないことで笑い、イルカショーに満足して幻想的なクラゲの水槽はうっとりと目が釘付けだった。
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パースにも水族館はある。とても大きくて人気の水族館だった。
本當はロバートと行きたかった。だけど彼は忙しく付き合ってくれなかった。
多分ただ興味がなかっただけだと思う。それならひとりで行けばよかったのに、と思いながらふと九條に繋がれた手を見て黙り込んだ。
全部、間違ってたのかな。
當たり前のように繋がれた手を見てその視線をそのまま上に向けた。
九條が玲の視線に気づいて目だけで「どうした?」と訊ねる。
「なんでもない」と小さく首を橫に振って、頭の中で沸いて出た思い出を隅に追いやった。今の時間に集中しようと漂うようにゆらゆら泳ぐクラゲを眺めた。
「あ、やっぱり小さいね」
「そうか?」
「見たことない?奈良の大仏」
「見たことない」
水族館の後は江ノ島周辺を探索し、鎌倉へ移した。玲は空の下でどっしりと座っている大仏を眺めながら記憶の中にある奈良の大仏と比較する。
「あれ、中にれるらしい」
「そうなの?」
「うん。ほら」
大仏の脇に並んでいる人たちを指して梓は言う。せっかくだからるかとってみることにした。
「何もなかったね」
「そうだな」
大仏の脇から中に潛り込めば通路は狹く、中もこれと言って何もなかった。
寫真を撮っている人たちもいたけどふたりとも中を眺めて出てきた。
「花火までし時間あるけど、飯食う?」
「そうだね」
偶然なのかそれとも狙っていたのか玲には分からないが、この日江ノ島で花火が打ち上がるという報を海鮮丼を食べている時に聞いた。夏休みだし近くに海水浴場もあるのでただ人が多いのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
どうせなら花火を見て帰ろうと話し、ついでに場を教えてもらった。
きっと會場付近は人でごった返すだろう。鎌倉で東京方面に帰りやすいパーキングを探し、そこに車を置いて江ノ電で近くまで行くつもりだった。
だが。
「面倒臭いし泊まろう」
梓が急に宿泊宣言をした。ちょっと待ってほしい。玲は慌てて止めるも梓に現実的なことを言われて思い悩んだ。
「明日何か予定ある?」
「いや、そういうわけじゃ」
「だったら夜中に車を走らせるよりいい。多分道も混むだろうし」
玲は一応免許は持っているがただの分証明書に過ぎない。ペーパーもいいところで運転は全て梓に任せている。それをし申し訳なく思うが本人が連れてきたのでどうしようもない。そして梓は夜中に運転するのは嫌だと言い出した。翌日に特に予定はないし、運転手がストライキを起こしたのだ。玲にはどうすることもできない。
一方梓は早速ホテルを調べ始めた。こんな當日にましてや花火の日に空きはないだろう、と玲はタカを括っていたが、そこはやはり腐っても代表取締役。人脈を駆使して抑えた部屋はなんと高級ホテルのスイートルームだった。
「…すご」
「こっから花火見えたりしない、か」
梓はベランダに出て外を眺める。玲はあまりの広さに部屋のり口付近でポツンと立ち盡くしたままだった。
「玲、おいで」
その言い方がベッドにう時の言い方と同じだ、と玲は変なところに気がついた。
だが言った本人は全く気にしていない。
無駄に広い部屋が落ち著かない。ソワソワする玲に梓は苦笑した。
「ごめん。金に糸目はつけなかった」
「…梓はよく分からないところでお金を使う」
「どうして?むしろ分かりやすいだろうが」
部屋を見渡しながらベランダに近づいてきた玲の腰を抱く。外は眩しいほどの綺麗な夕焼けだった。その赤のようなオレンジのようなを浴びながら梓は目を細める。
「ただ玲を喜ばせいただけ。俺が金を使うのはそれだけだ」
らかい聲が玲の頑なな心をでていく。なんと返せばいいか分からなくて、いまだにこんなふうな扱い方をされると困る。困るけど嫌じゃない。初めは戸った。どうすればいいか分からなかったから。
だけど最近は梓に毒されてきたのか素直にけれられるようになってきた。
ただしそれを非難する自分がいることも事実だ。
「…使い過ぎないで」
「どうして?」
「あ、ありがたみがなくなるからっ」
なんて可くないんだろう、と玲は自分で言って落ち込んだ。「ありがとう」と一言言えば梓は満足するだろうに。それすらもできない自分がけない。
「…そう。でも俺と一緒にいるならそんなこと當たり前になるから。もうし慣れてくれたら助かる」
梓の返答に玲は驚いて逸らしてした視線をしっかりと合わせた。「どうして」と次に出てくる疑問に梓は首を傾げる。
「…もし、わたしがそういう贅沢ばかりしたがるようになったらどうするの」
玲が戸いながら真剣に訊ねた。本當はどうしてそこまでできるのか、と聞きたかった。でもそれはきっとただ一言で片付けられてしまう。その言葉を適切に返すを玲は持ち合わせていなかった。酷く曖昧な関係で、梓にもロバートにも申し訳なく思うことがある。玲は罪悪に押しつぶされそうになりながら梓の答えを待った。
「なるならとっくになってるだろ」
梓はただ小さく笑って否定するだけだった。
****
ホテルの近くの海岸沿いからでも花火は見えると聞いた二人は、江ノ電に乗ることを諦めることにした。というのも、すでに近くの駅は大変混雑している。東京の満員電車でも大変なのに遊びに來てまでも満員電車は避けたかった。
「あの辺、座る?」
「うん」
海岸沿いにはすでに多くの人が來ていた。特に駐車場は多い。だがそれでも現地の混雑合よりは十分マシだろう。二人は駐車場を避け、現地からし離れる方向の堤防に腰を降ろした。
「ビール飲もう」
「早いよ」
「ぬるくなる」
それっぽい雰囲気を味わうためにコンビニでビールとつまみを買った。考えることは皆一緒のようでそれほど種類が殘ってなかった。夕食は花火を終えてゆっくりホテルで取ることにした。慌てて帰る必要もない。無理に運転する必要もない。玲はパースとは違う夜の海を眺めながらの香りをスッと鼻に吸い込んだ。
「玲」
ほら、と差し出されたビールはすでにプルタブが空いていた。缶ビールとさきいかとナッツ。こういう時こそ焼きそばを食べたいのに、と思って、ふと數ヶ月前のことを思い出す。
「どうした?」
「ん?やきそばが食べたいなって」
「…ぁあ」
梓もその時のことを思い出したのか、クツクツと笑う聲が聞こえた。玲はプイッと顔を背けたが、ついおかしくて一緒に笑ってしまう。
すると目の前の海の向こう側に小さな燈りが點った。その燈りがシュルル〜と夜空に昇り大きな発音と共に大の花を咲かせた。続けていくつも連続して打ち上がる花火は、彩かだ。玲の記憶の中にあった花火よりもバリエーションが多くとても見ていて楽しかった。
「…綺麗だね」
「あぁ」
やっぱり日本の夏はいいなあ、と玲は思った。浴を著てワイワイしながら現地に向かう學生たちを見て自分たちもあの時代があったな、と思い出した。屋臺でたこ焼きを買ったり焼きそばを買ったりして、みんなと分け合いながら食べながら花火を見る。人ができたら浴を著て手を繋いで。そんな日本の文化が今になってとても慨深く、しみじみと思いながら夜空を見上げた。
「玲」
パーン、と弾ける音と共に名前を呼ばれた玲は自然と梓に耳を寄せていた。
「來年もこよう。今度は浴も著て」
何?という前に放たれた梓の言葉に玲はを詰まらせた。まるで見かされていたのかと思う言葉に玲は大きく瞳を揺らした。
できない約束はしたくなかった。梓の一件で十分懲りたのだ。それなのに「來年は浴で」と言われてしだけ期待してしまう。期待する資格などないのにとまつを伏せる。
梓は玲の心を読んだように手を握りしめた。そして、もう一度約束の言葉を口にした。
「來年もこよう」
花火はもう間も無く終焉フィナーレを迎える。玲は熱い眼差しを見つめながら小さく、弱々しく「うん」と頷いた。
梓に言われたからではなかった。この雰囲気にあてられた訳でもない。
ただ、玲がほんのし「そうだったらいいな」と思ってしまった。
「…言質は取ったからな」
夜空に咲く花よりもっと嬉しそうに咲き綻んだ笑顔が玲を覗き込んだ。もう何度もわした熱を自然とけれる。一度重なったが後ろ髪が引かれる思いで離れていく。だが、それに抗うように何度も繰り返された口付けはいつもよりも熱くて切なかった。
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