《噓つきは人のはじまり。》エピローグ
玲はあの日と同じ場所で同じ空を見上げていた。初めて梓と食事をしたレストラン。二人揃ってここで食事をするのはあの日以來で、腰の低い支配人は二人の來店に破顔した。
同じ個室に通されて偶然にも今日は満月。窓から見える東京タワーはあの日よりも一層煌めいているのはクリスマスが間近だからだろうか。天辺付近にある月が欠けのない綺麗な円形だ。たしかあの夜も満月だったな、と思いながらこの一年を振り返った。
ちょうど一年前。玲はロバートに別れを告げた。過去も未來もすべてけれると言ってくれた彼、梓の手を取った。ふたりで抱き合いながら気持ちを伝えあい、ただそばにいたいと願った。ようやく気持ちが通じ合い、泣きながらを重ねた。
を伝え、未來を誓った。
弱さを曝け出し、過去を抱きしめた。
不安も恐れもある。だけど玲はいつも自分を尊重し大切にしてくれる人を選んだ。
生まれて初めて強くなりたいと願った。
誰かのために、彼の隣に立つためにふさわしい自分になりたかった。
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一方梓は、ようやく手にった彼の心に満足するはずもなく。
外堀を埋めにかかった。
お互いの気持ちを確認した數日後、玲の実家に向かった。結婚を前提にした際と同棲の報告だ。突然にも関わらず両親は梓を歓迎し娘の選択にをで下ろした。年末年始をのんびりと実家で過ごすようにと梓に言われ、玲は言葉に甘えた。
言葉通りのんびりして東京に戻ってくると(とは言っても五日には戻ってきたが)既に自宅は引き払われていた。驚いたけど梓が嬉しそうに迎えにきてくれたのでいうタイミングを逃してしまった。
暖かくなり梓は玲を実家にも連れて行った。兄、晃は涙ながらに出迎えてくれた。玲が引かないか心配したが「梓のことが大好きなんだね」と微笑ましそうに笑われた。
父との折り合いは昔からよくなかったが、玲に頭を下げた父親を見てしだけ罪悪もあった。そのことをベッドの中で零せば「これから埋めていこう」と抱き締めてくれた。
梓はそれだけで昔の自分が救われた気がした。彼が隣にいてくれることにひどく安心もした。
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迎えた夏。
約束していた花火を江ノ島に見に行った。昨年と同じホテルに泊まり、浴を著て缶ビールとおつまみを買って、昨年と同じように堤防に座って花火を眺めた。
仕事は相変わらずの忙しさだったが、玲が自宅で自分を出迎えてくれると思うとなんでも頑張れた。玲は玲で山崎や澤木の紹介でいくつか案件をけたり、若い起業家のサポートをしたりと々自分でやり始めたところだった。
過去のこともあり、そして梓の十分な経済力もあるため玲は組織にることはしなかった。梓としてはずっと専業主婦をしてくれていてもいいのだが、生き生きとした顔で楽しそうに働く姿を見ると何も言えない。時折仕事関係の男から好意を寄せられているような話を聞いてわざと玲を迎えに行ったり、遠回しに撃退している。
そんなことをしなくても玲はきっちり斷るのだが梓の心配はし斜め上を走っていた。
昨年は悲しみに暮れた秋は今年はとても有意義だった。
休暇には溫泉旅行に行ったり、カフェでのんびり本を読んだり。果狩りや紅葉狩りにも行った。ふたりでやりたいことを全部しよう、と々計畫を練って楽しんだ。
香月と木下は相変わらずで未玖と玲も変わらない関係を続けている。
月に一度は五人で食事をするし、未玖と玲は月に二、三度食事をした。
仕事の話をしたり、どうでもいい話をしたりと穏やかな時間を過ごせている。
玲はこの一年をさらっと振り返りながら楽しかったことも懐かしかったことも悲しかったことも思い出して小さく息をついた。
あっという間の一年だった。そしてあの日の自分の選択が間違っていなかったと改めて思う。
毎日が穏やかで一緒に過ごす時間がしあわせだった。
同じ家に帰り、同じベッドで眠る。朝起きて「おはよう」と笑い、夜眠る前は「おやすみ」とキスをする。どんな小さな相談も梓は耳を傾けてくれる。どんな些細な不安を梓は取り除いてくれた。
「こんなにも幸せでいいのかな」
玲は時々怖くなる。仕事も順調、梓との関係も良好。友人はないがいるし家族も元気だ。あまりにも幸せすぎて、いつどん底に突き落とされるのかとビクビクしている自分がいる。考え出すとそういうのは止まらなくて、玲は月を見上げながら目を閉じって小さく深呼吸を繰り返した。
「また、眺めてる」
くすくすと笑いながらあの日と同じように梓が近づいてきた。
玲が見上げれば梓は玲を包み込むように後ろから抱き締めた。
「何考えてた?」
「…今年も終わりだなあって」
「アイツのこと考えただろ?」
「考えてません」
「ふーん?」
梓の疑わしい聲に「信じてくれないの?」とを尖らせる。
今の今まで忘れていたが、あの日から一度だけロバートとも話をした。「誕生日おめでとう」というメッセージとともに「あの日は大丈夫だったかい」と梓の容を気にするものだった。玲はそれが噓だったことを伏せてきちんと連絡ができていなかったことを詫び、今はもう問題ないことを伝えた。
ロバートからは日本への出店が無くなったことを報告された。スポンサーとは合わなかったらしい。一応梓にも伝えたが興味なさげに「あっそ」とスルーされた。
「玲はもう俺のことだけ考えておけばいい」
後ろからまとわりつく腕が玲の左手を持ち上げる。持ち上がった手の薬指に冷たくていものが通った。
玲は通されたそれを息を呑んで見つめていた。元までしっかり隙間なく通った指を目の高さまで持ち上げて薬指に輝くダイヤモンドを見て言葉を失った。ピンクダイヤに挾まれた、ダイヤモンドはし大きく輝き方も違う。素人目で見ても上質で上品なその指を見て玲は込みげてきたを素直に吐き出した。
「結婚しよう」
玲は笑いながら泣いた。嬉しくて幸せで。それでもどこか不安で。
自分なんかがそばにいていいのか、この一年ずっと考えていた。
梓にされていることはを持って理解している。でもそれとこれとは別なのだ。
玲は頭ではわかっているものの聞かずにはいられなかった。
「…ふふ。拒否権は、ないの?」
「ない。何か條件があるなら聞く」
抱き締めた腕はし力が強くなる。耳元で放たれた穏やかな聲はどこかむっすりしていて聲だけで言えるものなら言ってみろという不服な気持ちが伝わってきた。
そんな梓に笑いながら玲は數旬考えて初めて出逢ったあの夜と同じことをんだ。
「…薔薇の花束を持ってきて」
梓が笑う。玲抱き締めていた腕を離し、背中を向けた。
するといつの間に準備をしていたのだろう。玲の目の前にはあの日よりも大きな薔薇の花束が差し出された。梓は玲を見つめながら艶やかに笑う。あたかもそれが予想されていたやりとりだと想像がついた玲は眉をへの字にして「降參」と涙を流した。
「もう逃げるなよ」
「…死なないでね」
「一応名前だけ聞いとくか」
そしたら探せるし、と梓はあの夜のことを振り返す。玲は薔薇の花束を気にもせずに梓を抱き締めた。肩に埋めた顔を見上げて涙に濡れた瞳が照れ臭そうに笑った。
「九條、玲です」
玲の告げた名前に梓は一瞬だけ目を丸くすると足元に花束を落として歳ほどよりも強く玲を抱きしめる。腕の中にようやく落ちてきたおしい人の存在を確かめながら肩口に顔を埋めてしあわせを噛み締めたのだった。
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