が、しかし――、

――その教室に辿り著くまでが大変なのは想像に難くない。

「ロイくん、學式の挨拶、カッコよかったよ！」

「ロイくん、ずっとあなたに憧れていました！　お目にかかれて、すごくすごく嬉しいです！　握手してください！」

「ちょっと！　抜け駆けは許しませんよ！　私とも握手してください！」

「今ガールフレンドっていますか？　いないのなら、もしよろしければ私と……っ♡」

ゴスペルホルダーというだけでも注目の的なのに、ロイは『あの日』、何百年も使い手が現れなかったエクスカリバーを石から抜いてしまったのだ。その時點で、ロイの名前が王國中に広まるのは時間の問題だった。村ではみんなロイの存在に慣れていたが、ここではみんな、特にミーハーな年頃のの子にとっては新鮮な存在なのだろう。

余談だが、ロイに集まってくるの子は人間だけではなく、金髪碧眼のエルフのの子や、イヌの耳やネコの耳を付けたクーシーやケットシーのの子、長が低いドワーフのロリっ娘まで、様々である。

（まいったな……こういう狀況は、男の子として素直に嬉しい。村でもこういうことはあったけど、の子に好意を寄せられて嬉しくない男の子なんていない。なのに、まいったな、なんて思ったら反を買うのは當たり前だけど、ここだと他の人の迷になっちゃう）

なんとか時間をかけてしずつ前に進むロイ。

講堂を出て、渡り廊下を進み、校舎の１號館の廊下に辿り著いて……そこでもう、前に進めないほどの子に囲まれてしまった。右腕にも左腕にも抱きつかれ、前からはの子が押し寄せた結果、やわらかいを押し付けられて、背後は壁。

流石にこのまま時間を消費してしまうと、自己紹介や學生生活ガイドブック配布の時間に間に合わなくなってしまう。

なんとしても５學年次のＢクラスの教室に集まらなければ、と、し不安になったその時だった。

突然、なにもない空中でパン、という、遠くから聞こえてくる花火レベルで、小さくて軽快なじだったが、発音がした。

「炎屬の発魔……？」

呆然とするロイ。そして彼に群がっていたの子たちは、一瞬だけ、呆《ほう》けたように靜まり返る。

その間隙を衝いて、１人のの子が腰に手を當てて、ざっ、と現れた。

「あなたたち！　ロイくんが困っているというのもあるけれど、初対面の殿方に群がるなんて、年頃のとして恥ずかしくないの！」

「キミは――」

「私はアリス！　アリス・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーよ！　エルフ・ル・ドーラ侯爵の次で、魔師學部ウィザード學科、５學年次、ランクはウィッチ」

一目見て気付いた。

アリスはエルフのの子だ。

エルフ特有の、緑かな森を吹き抜ける風のようにサラサラで、一度視界にれたら見惚れて息を呑み、時の流れを忘れるほど綺麗な、金髪ブロンドのツーサイドアップ。サファイアのように蒼い瞳に、尖った耳。大きくもないが小さくもない、形の整った。長は１６０ｃｍぐらいでの子の中では高い方である。腳には黒のニーソックスを履いていて、スカートとの間に形される絶対領域が目に眩しい。

控えめに言ってもアリスはだ。控えめではなく正當に評価するならば、アリスの子供っぽい可さ、大人びているしさは、近い將來、１００を超える名立たる貴族のご子息から婚約を求められるぐらいだろう。それぐらい、アリスの可さとしさが兼ね備わった顔はらしい。

「ほら！　ロイくん！　サッサッと行くわよ！」

「あっ……」

「守れ、太と月の。鏡のように跳ね返し、愚者の瞳を偽る明の実像。ゆえにれることはできても見ることはできない。【硝子の心得ウィ・エイン・グラス】」

アリスはロイの手を握ったまま魔をキャストした。

剎那、ロイとアリスの姿を誰も認識できなくなる。それどころか、ロイですら、手を握られなければアリスが自分の前にいることに確証が持てない。その上、自分のすら明になっていた。

「さぁ、早く！」

「あっ、うん！」

アリスに手を引っ張られて、ロイはなんとかの子の軍団から出する。

そうして階段を上り、廊下を進み、目的の教室の前で、アリスは自分たちにキャストした魔を解く。

「ありがとう、助かったよ！」

「ふんっ、私は學院の風紀をす行いが許せなかっただけよ。ロイくんが悪いわけではないのでしょうけれど、騒ぎの原因にはなりやすい事を抱えているのだから、今後は注意して頂戴」

「あ、あはは、ゴメンね？」

「でも、意外」

「？　なにがですか？」

「し知り合いからあなたのことを聞き及んでいたのだけれど、ふふっ、案外庶民的なじなのね」

「庶民的っていうか、本當に庶民だからね。――、あっ、アリスさん、敬語使った方がいいですか？」

ロイはアリスが侯爵の娘ということを思い出し、そう申し出る。

しかしアリスは首を橫に振った。

「別にいいわ。他の人は違うでしょうけれど、なくとも私に、貴族と平民の差をじなくていい。そんなのを気にしていたら、友達になれる人がなくなっちゃうじゃない」

「そうですね」

「敬語」

「うっ、そうだね、アリス」

と、このタイミングで鐘が鳴る。あとしでホームルームが始まる証拠だ。

ロイはこのまま目の前の教室にればいいが、アリスは先ほど自分がウィザード學科と言っていた。早々に移した方がいいだろう。

「それじゃあ、アリス、今度一緒にランチでも」

「ええ、楽しみにしているわ。ところで、最後に１つ」

「なにかな？」

「アリシアというに心當たりはないかしら？」

「？　いや、知らないよ」

本當にロイはアリシアというを知らなかった。王都に著いてから、村で暮らしていた時、それどころか前世でもアリシアというと知り合ったことはない。

それだけを確認すると、アリスは手をパタパタ振って――、

「それじゃあ、また會いましょう」

こうして、ロイの學院生活は始まった。

新しい土地。

新しい學院。

新しい人々。

そんな世界で、ロイはここから、前世で葉わなかった青春をやり直す。

學早々、アリスとも友達になれた。マリアとも再會できたし、イヴに至っては村を離れて王都まで付いてきてくれた。そしてメイドのクリスティーナとも仲良くやっていけそう。

ロイは振り返る。目の前には教室のドアがある。

彼は心を弾ませながら、新しいクラスメイトが待つ教室のドアを開けた。