困ったように笑うロイ。

この絶的な狀況で、なぜかロイは、一番の當事者だというのに、イヴやマリア、ここにはいないがシーリーンやアリスよりも、落ち著きを払っていた。

ロイだって、幻影魔、つまり幻覚によって五を全て弄られて、時間すら狂わされる魔の恐ろしさを、理解できないわけではないだろうに……。

ゆえに、マリアは訊いた。

「弟くん、なにか必勝法……は、ないにしても、わずかな勝機ぐらいはあるんですよね？」

すると、ロイはイヴとマリアに対して『とある言葉』を説明し始めた。

しかしその単語に馴染みがなかったマリアは――、

「……ううん？」　と、首を橫に傾げる。

一方でイヴは首を橫に傾げない代わりに、コクン、と、首を縦に振る。

「わたしは聞いたことあるよ！　以前、お兄ちゃんに教えてもらったよ！」

「あれ？　ボク、イヴに教えたことなんてあったけ？」

今度はロイがイヴの代わりに首を傾げる番だった。

ロイの記憶が正しければ、この世界で『その単語』を口にしたのは初めてだったはず。

「で、イヴ、その意味は？」

「それは忘れたよぉ……」

「「…………」」

可哀想な子を見る目で、イヴのことを見やるロイとマリア。

するとだんだんイヴの瞳がウルウルしてきたので、ロイは「コホン！」と軽く咳払いして、話を続ける。

「とにかく、ボクは大丈夫だから。ジェレミアを倒す。シィを助ける。イヴと姉さん、そしてここにはいないけどアリスも、それで一安心。ボクが勝てばそれで萬事解決。それに――」

「「それに？」」

「――この程度の困難に屈していたら、ボクはいつまで経っても最強にはなれないからね」

その時、ロイの部屋のドアがノックされる。

木製のドアが軽く叩かれる時特有のコンコン、という耳に心地よい音が、ロイの部屋に響いた。

「はい、どうぞ」　と、ロイが返事すると、とあるブロンドのが室してくる。

言わずもがな、シーリーンだ。

「ロイくん、ゴメンなさい……」

「なんでシィが謝るのさ」

シーリーンはドアを閉めたあと、どこにも座らずに立ったままロイに謝罪する。

無論、ロイは謝罪されても、そのような必要はないとじているが。

「決闘の話、シィもさっき、他の寄宿舎生が話しているのを聞いて、知ったよ」

「なら、ボクの方こそ謝らないとね。黙っていて、ゴメン」

「ううん……っ、ロイくんが謝る必要なんてない！」

この時、シーリーンはロイの前で、初めて大きな聲を出した。

そのつらそうな聲に、ロイも、イヴも、マリアも、一様に言葉をなくす。

シーリーンは自分のことがつらいのではない。自分のせいでロイが痛い思いをするかもしれないのがつらいのだ。

「シィ、ロイくんが痛い思いをして、幻覚で狂っちゃうなんて……、絶対にイヤっ」

「大丈夫だよ」

「それにッ、もしロイくんが負けたらみんなの前でになって土下座なんて……、もし本當にそんなことになったら、シィが代わりにッッ！」

「シィ！」

「――――っ」

ふと、ロイは椅子から立ち上がって、シーリーンの両手を自分の両手で握った。いや、優しく包み込んだ、と、言った方が正しいかもしれない。

彼のその手の溫かさに、シーリーンはハッとする。

しヒステリックになったが、落ち著いて周囲を見てみれば、優しそうな表のロイと、そして、イヴもマリアも、確かにそこにいた。

「の子がみんなの前でになって土下座なんて、言うのはもちろん、考えてもダメだよ」

「ロイくん……」

「當然、代わりにシィがするなんてもっての外だ」

「でもロイくん……シィは、フーリーで、みんなから……汚れているって……」

「キミはの子なんだから、自分のを大切にしないといけない」

「～～～～っ」

生まれて初めてだった。

生まれて初めて、親以外の男の人から、自分のを大切にしてほしいと言われた。

シーリーンだって、頭では、理屈ではわかっている。自分のを大切にするのは當たり前のことだ。ロイは自明なことを言ったにすぎない。この程度で顔を赤らめてしまうなんて、我ながらチョロすぎる。

でも『心』が、勝手に突っ走ってしまうようなこの覚。

頭でどれだけ心を否定しても、心臓がドキドキ高鳴っている事実は、確かにシーリーンの左に存在していた。

「シィ、キミはボクとジェレミア、どっちを応援する？」

「？　そ、そんなの當然ロイくんだよ……」

「なら、ボクは勝ちたい」

こともなしにロイは言う。

「キミはボクとジェレミア、どっちに勝ってほしい？」

「當然、ロイくんだよ」

「なら勝てるよ」

こともなしにロイは斷言する。

「最後、キミはボクとジェレミア、どっちが好きだい？」

「當然ロイくん……っ！」

「なら、絶対に勝つよ」

こともなしにロイは宣言する。

「待っていてほしい。そして見ていてほしい。ボクは、約束を守る男だ」