黒いフードを被った不審者は城下の街のメインストリートの脇道にって、ロイを路地裏で待ち構えていた。

そう、待ち構えていた。ロイに追い付かれたのでもなく、行き止まりにぶつかったのでもなく。

要するにロイは導されたのだ。

ロイはすぐにそのことを察して、理解する。

「うふふ、初めまして、ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクさん」

「――――ッ」

不審者は黒いフードをいだのだが、剎那、ロイは驚愕を隠せない。

いや――、追いかけている時からわかっていたが、長がイヴよりも小さい。

そして素顔を明かされた瞬間に、怪訝が確信に変わった。

不審者は年端もいかぬだった。

ダークな茶の長髪は當たり前のようにさらさらで、上品で、綺麗で、の髪なのに艶っぽく、貧民街の子供ではないことが推察できる。あれは、毎日きちんとシャワー浴びている髪だ。

サファイアのように蒼い瞳はいの子らしく、あどけなくて無垢そうなのだが、視線がロイだけを捉えているわけではない。ロイの周囲を注意深く観察し、広い視野を持っている。敵だけを見るのではなく、戦場全を見ているじ。なのに、やたら戦闘慣れしているのだろう。

無論、というだけあって長が小さいのは前述のとおりなのだが、隙がない。騎士としてはロイの方が上手そうだが、はいつでも魔を撃てる狀態にある。

仮に戦闘が開始して、前から斬りかかれば魔防壁を張られるか、迎撃のアサルト魔を喰らう。左右の建の壁を壊して、瓦礫によるダメージを狙っても、強化の魔で悉くを躱されるだろう。の真上を通りすぎるように跳躍、の後方に著地して、背後から斬りかかろうにも、それはあえて隙を見せているだけで、っているだけ。カウンターをけること必至だ。

しかしその時、ロイは我に返る。

（なぜボクは、ただのと戦うことを想定しているんだ？）

ロイがそう冷靜になった瞬間、疾ッ、と、の姿が目の前から殘像を置いて消えた。

強化の魔による全力疾走？　風の魔による速度のアシスト？　否、その程度の矮小なモノではない。

――殺気。

ロイは脳に鳴り響く警鐘に従い、真橫に跳躍した。

その０・１瞬遅れで、ロイが先刻までいた場所に、無數の漆黒の刃が咲きれる。

「自分の影を斬撃に変える闇屬Ａランク魔、【そこに我はいない、ヴァールハイト・故に咲き誇る純黒の花ドゥンケルハイト・ブルーメンブラット】――。うふふ、闇屬のＡランク魔を見るのは初めてですか？」

違う、驚嘆すべきところはそこではない。

闇魔に限らず、Ａランクの魔を使える魔師はそれなり、いや、かなり多くいる。問題なのは、それを、先刻のなんらかの移魔、なくともＳランク以上と推察される魔とダブルキャストして、その上で詠唱破棄しているのが、かなり凄まじいということ。

恐らく、幻影のウィザード・ジェレミアの１００倍強い。子供が１０倍とか、１００倍とか、調子に乗って使うようなものではない。限界ギリギリまで敵を過小評価しても、ジェレミアの１００倍なのだ。

「　顕現せよ、エクスカリバーッッ！　」

ロイの右手に聖剣が顕現するのと、が再び殘像を置いて姿を消すのは同時だった。

次の剎那、ロイは振り向きざまに聖剣を背後に、橫一線を描くように振るった。

すると、聖剣と影の刃がぶつかり合って、甲高い音を鳴らす。そして數瞬後には、その衝撃で暴力的なまでの風圧が周辺に當たり散らされる。

「――、ウソだ――ッ」

唐突、ロイは顔を青ざめさせる。そして、たった先刻に會ったばかりのを、長年の宿敵を見るような目で睨む。それをは口元を緩めて出迎えた。

決してロイとが顔見知りだったというわけではない。

ロイが「ウソだ」と呟いたのは、現実を認められないからである。

影の刃を対処しながらロイは恐る恐る答え合わせをしようとした。

「キミが移する時、２回とも風は発生しなかった。つまり風の魔は使われていない」

「――正解」

「そして同じく、あれだけ高速で移したのに、移地點にも著地點にも、石畳が抉れた跡はなく、移した道筋にも疾走した痕跡はない。つまり強化は使われていない」

「――正解」

「なら――ッッ！？」

「あらあら、バレてしまいましたわね――。私が使った魔は『概念を我がに降臨させる魔』です。今回は『速さ』という概念をそのに宿しました。結果、私はこの世界における速さという概念そのものになり、移の際に、距離を無視することができるのです」

「神話クラスの魔……ッ！？」

魔には神話クラスと人智クラスと原始クラスの３つのクラスがある。

人智クラスにはＥランク～Ｓランクまでのランクが存在し、例えば先刻の【そこに我はいない、故に咲き誇る純黒の花】はＡランクに相當する。

しかし、いかにＡランクの魔といっても、所詮は人智クラス。

神話――、神々の語の領域ではない。

（この子――っ、化けかッッ！？　ウィザードの頂點であるオーバーメイジ、ヒーラーの頂點であるカーディナル、この領域の天才でも、Ｓランク魔をテンス～フィフティーンスキャストできれば平均以上なのに！？　なのに神話クラスの魔だってッッ！？）

影の刃を片付けたロイは、すぐにバックステップしてから距離を取る。

騎士が魔師から距離を取るなんて愚の骨頂。

しかし――ギリギリだ。１秒でも勢を立て直し、１回でもまともな呼吸をする。ゆえに、騎士の間合いの極限のギリギリまで後退する。

離れすぎてもいけないし、近付きすぎてもいけない。