ロイとアリスは遅れて１時限目の講義に參加しようとした。

講義室の一番奧のドアから、講義の邪魔をしないようにコッソリる形で。

だが、そうそう簡単に遅刻が見逃されるわけがない。

「ロイ、アリス、君たちが遅刻とは珍しいな」

「す、すみません……」

「ゴメンなさい」

この講義はアストロロジー、つまり占星の講義だった。

その占星を研究している教授に指摘されて、黒板を向いていた學生が一斉にロイとアリスの方を向く。講義に遅刻したことがある學生なら誰もが共できるイヤなじだ。

「ロイとアリス、２人に問題だ。答えられなかったら、この講義の間はずっと立っているように」

「「は、はい……」」

「先週までは占星の歴史を勉強してきて、今日からいよいよ占星の原理について學ぶ予定である。で、占星の原理を勉強するには、魔発の原理の復習から始める必要がある。では、ロイ、魔発の原理を説明してみたまえ」

「――この世界、この星の地表には『３つの波長』と、それの元になる『３つの』というモノがあります。『３つの』は空気と電磁波と、そして魔力の３つ。空気の波長が音になるように、そして電磁波の波長がになるように、魔力の波長も式と呼ばれるモノになります」

「そこまでは正解だ」

「でも、ただの音は言語でも音楽でもない。ただのは景でも寫真でもない。だから同じように、ただの式は魔力の波長なだけであって、なにかの現象を発生させる魔には至っていません」

「なら、次はアリス、どうやって魔は発生するだろうか？」

「組み合わせます。音の組み合わせが言語や音楽になるように、の組み合わせで目、つまり視覚が目の前の景を景として認識できるようになるように、式の組み合わせで魔は発します」

「次はロイ、生きはどうやって魔力に干渉する？　魔は式の組み合わせで、式は魔力の波長。そこまではわかったが、そもそも魔力に干渉できなければ、式を組み合わせることはおろか、魔力に波を立てることもできないはずだ」

「そのための詠唱です。人間やエルフに元から備わっているのは、魔力そのものと、魔力をじるの覚だけ。魔力に直接干渉して、作できるわけじゃありません。生きにはが流れているのに、を自由に作できないのと同じです」

「それで？」

「詠唱はただ言葉を並べるだけじゃありません。息の吸い方と吐き方、聲のトーン、聲の言い方、聲に宿る、言葉のアクセント。他にもいろいろ、全部を整えて、詠唱の所要時間なんて、長くてもダメだし、短くてもダメ。それら諸々を全て計算して、空間に存在する空気のついでに魔力を揺らします。余談ですけど、エルフが魔に長けている理由は、このセンスが優れているからと言われています」

「それなら、詠唱破棄なんて普通はできないはずだ。聲を使わないのでは、空気のついでに魔力を揺らすことなんてできないぞ？　順番的に、次はアリスだ」

「詠唱破棄は、詠唱を必要としないだけで、式を理解しなくてもいいというわけではありません。脳で式を構築する、つまり組み合わせる効果を持つ詠唱を想像するのです。結果、音ではなく、脳が微弱に発生させている、いわゆる脳波というモノで、空気のついでに魔力を揺らします」

「ならばし応用問題だ。なぜ人間やエルフは魔力を知することができるのか？　これはロイに応えてもらおう」

「もともとは魔力なんて知できません。いわゆる進化論というモノです。例えば音波には可聴周波數という領域があります。これは人間やエルフが耳で知できる音の範囲で、これが高すぎると超音波、低すぎると超低周波音と呼び、人間やエルフには聞こえない領域の音になります。次に、例えばには可視線という領域があります。これも音波と同じように、人間やエルフが目で知できるの範囲で、可視線よりも波長が短いを紫外線、長いを赤外線と呼び、人間やエルフには視認できない領域のになります」

「続けたまえ」

「けれど、可聴周波數や可視線なんて區分は、あくまでも人間やエルフを基準にしたモノで、例えばコウモリなんかは人間やエルフが認識できない、前述の超音波を知覚できます」

「ほう？」

「例えば、太のを詳細に調べてみると、太ののほとんどの領域が可視線なのです。これは偶然ではなく、人間やエルフの目が、この領域の波長を認識できるように進化したからと言われています。で、なぜ人間やエルフが魔力を知できるかというと、これも偶然ではなく、人間やエルフのが、魔力を知できるように進化しただけです」

「それで？」

「実は人間はもちろん、エルフですら全ての魔力を知できるわけじゃありません。人間やエルフが知できる領域を、勝手にボクたちが知可能範囲魔力と呼んでいますけど、それよりも下にも、そして上にも知できない魔力の範囲があります」

「うむ」

「結論を言うと、大気に漂う魔力の大部分が知可能範囲魔力だったからこそ、その範囲を特別に敏に知覚するように、人間やエルフが進化、適応したんです」

「完璧だ」

「おまけですが、可聴周波數や可視線、そして知可能範囲魔力と定義されるモノが先にあったのではなく、人間やエルフが知覚できる領域を、あとから勝手に、ボクたちがそのように名付けただけですね」

「ハァ、君たちが遅刻をしても面白くないな」

「それ、教授が言うような発言じゃないですよ？」

苦笑じりでロイが教授に突っ込む。

すると講義室のいたるところからドッと笑いが起こった。

みんなの人気者であるロイ、そしてアリスに対して、負けを認めるように、教授は「私の負けだ。早く適當な席に著きなさい」と言う。

そして講義室にいたの子たちの９割以上が――、

「ロイくん、カッコよかったねぇ♪」

「うんうん、遅刻してきて教授に難くせ付けられるのに、スラスラ問題を答えるなんて、本當に尊敬する！」

「憧れるよね！　ロイくんと付き合えたら幸せだろうなぁ……♡」

――みたいなことを口にした。