「さて、全員揃ったことなので、講義を進める！」

教壇の上で教授が學生を注目させるために、パン、パン、と２回手を叩いた。

「最初に言っておくが、この世界は天説だ。魔王の手下たちは地説を信じているようだが、そんなことは斷じてない。この講義も天説を中心に行うから留意したまえ」

ロイは笑いを堪える。

笑ってはいけない。

ここにいる自分以外の全員が、本気で天説を信じているのだ。

仮にここで真実を伝えても、誰にも信じてもらえず、魔王の手下として裁判にかけられる可能すらある。

「まず、いきなり言われても困するだろうが、星というモノは生きている。私たちが呼吸するように、星だって呼吸し、その吐き出した息こそが魔力なのだ」

教授は黒板にチョークを、カツカツ、と、軽快な音を鳴らして走らせた。

「で、魔力には共鳴と呼ばれる現象がある。星という超巨大な魔力の製造機、そして魔力タンクが特別な位置関係になると、陳腐な表現だが、運命がく。これを占星でも共鳴と呼ぶ」

大真面目に言ってのける教授に、何人かの學生から笑いがれた。

しかし教授はさらに真剣に続ける。

「運命というからバカにされるが、ここでいう運命とは、世界を変える量の魔力のことだ。占星はよく星のきで未來を占う魔と呼ばれているが、より厳に言うならば、運命、つまり先述のように世界を変える量の魔力のきを把握する學問で、その副産として、運命がいた結果、つまり未來を予見することができる。いわば、宇宙規模の天気予報ならぬ運命予報だ」

教授の説明を、學生たちが必死にノートに寫す。

「あくまでも把握するのは魔力のき。で、きを把握したならば、たとえイヤでもいたあとの結果もわかってしまう、というのが占星の基礎的な考え方である」

再び教授は黒板にチョークを走らせる。

軽快なカツカツという音が再び鳴った。

「占星における共鳴という現象は、普通の魔にも存在する。例えば私が【聖なるの障壁】を展開すれば、私と【聖なるの障壁】は共鳴することになる。で、共鳴した２つを維持するのが魔回路だ」

そこで教授はいったんチョークを置いて、學生たちに向き直る。

「よくよく考えてみたまえ。魔は大気中の魔力を揺らして発させるのだろう？　つまりの魔力は使っていないことになる。ではなぜ、魔力切れや魔回路のオーバーヒートなどという現象が起こるのだ？　ロイ」

「またボクですか？」

「遅刻した君が悪い」

「例えば【聖なるの障壁】を展開したとします。で、魔発の原理を思い返してほしいんですが、魔力の波が式になって、式の組み合わせが魔としてなんらかの形になりますよね？」

「ああ、そのとおりだ」

「つまり事例である【聖なるの障壁】は、最小単位まで細かく分析すると、普通の魔力が障壁という現象になっているだけなんです。石で建を作るように、子供が小さな木材でブロック遊びして馬や機関車を作るように、魔力で【聖なるの障壁】を作っているだけ。魔力を消費しているわけではないのです」

「それで？」

「そこで先ほどの共鳴という現象が絡んできます。例えば石で作られた建は形がしっかりしているから風なんかでは崩壊しません。でも子供が小さな木材で作った馬や機関車は、ちょっと足で蹴ってしまったら、崩壊してしまいます。で、魔力はそれ以下です。もともと大気中をふわふわ漂っているモノを使っているのですから、風が吹いただけで構築されたモノが崩壊します」

「それで？」

「その風が吹いただけでバラバラになってしまうモノの形を維持するために、の魔力を使います。同じ波長の魔力は共鳴するとよく言いますが、厳に言うならば、同じ振る舞いをするということです」

ふと、ロイはインターネットで集めた前世の知識を思い出した。

彼の前世には量子力學という學問があり、その中には『量子もつれ』という概念がある。超絶簡単に説明すると、量子もつれとは２つのの粒子ＡとＢがあったら、ＡとＢが全く同じ振る舞いをするというものである。ただし、ＡとＢがもともとは同じで、つまり１つの粒子だったモノが分裂したという前提だが。

魔における共鳴も、もしかしたらこれが関わっているのかもしれない。

「魔は空気のついでに魔力を揺らして発生させる。【聖なるの障壁】で例えるならば、揺らされた魔力の出発點が者、そして揺らされた魔力の著地點が【聖なるの障壁】の発ポイント。ただ共鳴するのではありません。もともとは同じ地點だから共鳴するのです」

「ここまでは正解だ。諸君には注意してほしいが、ロイの言うように、もともとが同じでなければ魔力は共鳴しない。さて、ロイ、続きを」

「で、魔と魔師が共鳴を起こすならば、魔を構築している魔力と、魔師のの中にある魔力は同じ振る舞いをしますよね？　順番的には、魔師が詠唱で魔力を揺らす→大気中の魔力で魔発→魔が発すると同時に瞬間的に共鳴→魔がバラバラにならないように、中の共鳴している魔力を維持するために踏ん張る。というじです」

「ＯＫ、そこまでで結構だ」

そこでまたもや講義室のの子たちからけたように甘い、ロイを絶賛する聲が上がる。

しかし、教授はキリがないと察し、強引に続けた。

「ロイは中の共鳴している魔力を維持するために踏ん張る、と、答えてくれたが、お察しのとおり、ここで踏ん張れないと魔力切れというモノが起きる。そして魔回路のオーバーヒートとは、魔力が底を盡かなくても、中の魔力、同時に中に魔力を循環させる管が熱暴走を起こすことをいう」

教授は再び黒板にチョークを走らせた。

「占星の話に戻るが、いわゆる星座と呼ばれる星々の繋がりは、共鳴の繋がりだ。無論、各々の星の地表に漂う魔力が共鳴するわけではないが、ではなにが共鳴するのか？　と、訊かれれば、星そのものが共鳴するのだ」

…………。

……、…………。

その後、つつがなく講義は進んだ。

そして教授が殘り５分というところで、予定していた分が終わったらしいので、講義を終了させる。

だがしかし、事件は講義の最後の最後に起きてしまった。

「そういえばロイ、今日はアリスと一緒に遅刻してきたが、もしかして君たちは付き合っているのか？」

「「「「「…………っっ」」」」」

講義室に殘っていた學生に戦慄が走る。

教授は知らないだろうが、同級生は當然のように知っている。ロイと付き合っているの子はシーリーンだということを。

しかし同級生以上にロイは揺した。アリスに偽の人役を頼まれた今、どのように教授の質問に答えるべきか、と。

が、ロイが答える前に、アリスがロイの腕に抱き付いた。

そして致命的な一言を――、

「はい、そうなんです。ロイと私は、し前から付き合っていました」

瞬間、講義室に盛大に驚いた聲が響いた。