ロイがアリスの事を知ったあとも、彼はアリスの偽人を続けた。

理由は３つ。

１つは、學院全が、今さら「実は人じゃありませんでした！」って言えるような雰囲気じゃないから。

次の１つは、レナードがますますアリスの人になろうと躍起になっていて、彼の想いを斷る建前が必要だから。

最後の１つは、単純に、アリスが他の人に政略結婚のことを知られたくなかったから。

最後の１つに関しては因果関係がよくわからないだろうが、アリスはとにかく現狀維持をんだ。ロイと別れて現狀を変えてしまったら、なにが起こるかわからなくて不安、とのことらしい。なにかを変えて、ひょんなことから政略結婚のことを誰かに知られるのを避けたいのだろう。

「先輩、真面目に登校してきているんですね」

「流石にそろそろ単位が危ねぇからな」

「…………」

トパーズの月、２１日、木曜日。

空きコマ、ロイとアリスが２人で魔の勉強をしようと図書館に行くと、そのとある一席にレナードがいた。

一応、他の席も探してみたが、他に空いている場所はなかった。恐らく、レナードの座っている長機だけ席が空いているのは、彼が不良で、近寄りがたい雰囲気を出しているからだろう。

結果、レナードと目がバッチリ合ってしまったこともあって、ロイとアリスは彼の近くに座ることに。

「そういえばロイ、シーリーンはどうした？」

「シィはボクたちよりも単位が危ないですし、カリキュラムを決めたあとに仲良くなったので、一緒の講義に出るように仕組むっていうか、相談できなかったんですよ」

「あとの祭りってヤツか」

「そこまで深刻なことでもないですけどね」

レナードは頬杖を付きながら、ロイと會話しつつ本を読む。

「アリス」

「は、はいっ、先輩、なんですか？」

「別に俺にそこまで負い目をじる必要はねぇよ。無論、気まずさをじる必要もねぇ」

「で、でも……」

「ったく、そもそも、どいつもこいつも、なぜ告白が失敗に終わったら、する方もされた方もぎこちなくなる～、なんて考え方をしてんだ？」

「今までどおりの関係でいられなくなるからじゃないですか？」

アリスはおずおずと張した様子でレナードに答える。

翻ってレナードはそれを鼻で笑った。

「なんで今までどおりの関係でいられなくなるんだ？　原理っていうか、そうなってしまう理屈はどうなっているんだ？」

「今まで仲がよかったのに、想いを拒絶するからじゃないですか？」

「今度はロイか。確かに仲のいい相手を否定することは罪悪に繋がるかもしれねぇが、関係が前に進まなかっただけで、後退するわけじゃねぇだろ。ようは現狀維持。プラスに転じなかったがマイナスでもない。告白なんて、失敗してもプラマイゼロの行為じゃねぇか」

「ならどうして先輩は今まで、アリスに告白しなかったんですか？」

「確かに告白はプラマイゼロの行為だが、何回も繰り返したら、そりゃ、俺もアリスも覚が麻痺してくる。すると２回目以降の告白は、當然っつったら當然かもしれねぇが、功する確率が下がるだろ？　決めるなら最初、１回目しかありえねぇ」

「つまり？」

「アリスを完璧に落とせるように作戦を練っていたらテメェに取られたわけだよ、チクショウが……ッ」

「先輩、ボクと決闘した時、ボクは的な騎士で、ご自分は論理的～、みたいなことを言っていましたけど、でも計算とか論理とか求めていたら、普通に失敗しますよ？」

「アァッ！？」

「いや、失敗するというか、考えすぎて行を起こせないから、失敗することもないけど功することもないと言いますか……」

「チッ、流石學院で１番のモテ男は言うことが違うじゃねぇか」

話しながら、そしてドスを利かせながら、レナードはつまらなそうに本を読み進める。

いや、つまらないそう、というよりは、ふて腐れているだけだろう。

「ところで先輩、先ほどからなにを読んでいるんですか？　私、気になります」

「錬金の文獻だ」

「意外です。先輩ってそういう本を読むより、をかす方が好きそうだと」

アリスはそう言うと、しだけを乗り出して、レナードが読んでいた本の開いていたページを覗き込んだ。そしてし遅れてから、ロイも同じようにする。

「ハッ、普通にこんな本を読むより、をかす方が好きだよ。それで正解だ」

レナードはページをめくる。

「正直こんな高度な錬金の本、頭が痛くなってしょうがねぇ」

「じゃあ、なんで……？」　と、ロイ。

「――大気中の魔力を人間のに変換して、欠損した部位を補う錬金。それがどのぐらいスゲェのか、確かめたくなっちまったんだよ」

ハッとするロイ。レナードが言っているのは、自分と決闘した時、仲裁にったアリシアが見せた錬金のことだ。

錬金とは、ただ単に、金を生み出すための魔ではない。

的には――、

「なにかを錬するために同等のなにかを対価にする魔。逆を言えば、なにかを対価にすれば同等のなにかを錬できる魔。まぁ、どっちでもいいが、俺は騎士學部の學生だからよォ。錬金なんて、基本中の基本もわかりはしねぇ。これはお手上げかもしれねぇな」

「えっと……基礎的な部分ならボクが教えますけど？」

「ハッ、自信があるようじゃねぇか。なら頼むぜ」

「本當に基本的な部分だけなら。――流石にこれは先輩もわかるでしょうけど、錬金は、錬の対価に使うを、解明し、分解し、構築するという３工程で行われます」

「それは流石にわかるが、バカにしてんのか？」

「分解して改めて構築することを、ひとまとめに『組み換え』と呼ぶことがあるのだけれど、アリスは覚えているかな？　昨日の占星の講義でも使ったでしょ、組み合わせって言葉」

「ええ、式を組み合わせて魔ができる、でしょ？」

「錬金は式を組み合わせるのではなく、元素を組み換えるんです。例えば水素に酸素を化合させると水ができあがる。逆に水を分解すると水素と酸素ができあがる。この場合、化合、あるいは分解を科學的方法ではなく魔力を以ってなすのが錬金」

「化合や分解を魔で代用するのか。で、その原理は？」

「元素の小単位が原子。その原子を構築するのが原子核と電子。さらにその原子核を構築するのが子と中子。さらにその子と中子はクォークという要素に分解可能。そのクォークは素粒子と呼ばれ、素粒子という分類に魔力も屬している」

「単語の意味はさっぱりわからねぇが、森羅萬象を構築する元素とか原子とかの最小単位が素粒子ってことでいいか？」

「はい、で、素粒子の仲間に魔力がっています」

「ほ～ん。けどよ、そんなに小さいなら、魔力って本來、人間に知できねぇんじゃねぇか？」

「でも先輩、も実は子といって素粒子の仲間なんですよ？　それなのに私たちは、目でを認識していますよね？　それと同じです」

「まっ、アリスが言うんならそうなんだろうな」

「ちなみに魔におけるは『子』というよりも『波』という方が適切ですね」

「で、続きは？」

「魔発の原理を知っているならわかると思いますが、ボクたちは大気中の魔力に干渉できますよね？　主に詠唱という手段で。魔力をかすと、その周辺の別の種類の素粒子もきます。ピタゴラ裝置みたいなじに。１００％自分の思いのままに素粒子に干渉できれば、子にも干渉できる。子に干渉できれば原子核にも、原子核に干渉できれば原子にも。で、原子に干渉できれば元素を組み換えることも可能、ってわけです」

「ピタゴラ裝置ってぇのがなんなのかは知らねぇが、ンだよ、結局、錬金は魔の小分類みてぇなモンか」

「先輩、基本的に占星も、錬金も、召喚も、全部魔という枠の中にある小さな區分けですよ？」

ジト目を向けるロイ。

レナードは苛立たしそうに舌打ちした。

ちなみに王都では魔だけではなく科學もある程度、本當にしだけ発達しているが、地方ではそこまで日常生活に取りれられていなかった。例えば故郷の村にいるロイの両親なんかは、元素ならギリギリ聞いたことがあるだろうが、原子なんて言葉、聞いたこともないだろう。原子以下の、原子核や子なんて、耳にしただけで頭がパーになるかもしれない。