《クラウンクレイド》『2-4・遭遇』

2-4

「ついてきます」

馬先輩の言葉に、明瀬ちゃんがそう応えた。その行は決して得策ではないと思ったが、明瀬ちゃんが付いていこうとしたので私は仕方なくその後ろを行く。矢野ちゃんもし迷った様子を見せていたが、結局私達に続いた。

科學室はB棟校舎2階の西側、廊下の突き當りに存在している。科學室を出ると真っ直ぐ廊下がびており、その反対側の突き當りに家庭科室があるような構造になっている。その間を繋ぐ廊下の中央から、今私達のいるB棟と一般教室のあるA棟を結ぶ渡り廊下がびており、丁度T字の様な形のイメ-ジだった。

A棟には東西二か所に階段があるが、B棟に関しては、その渡り廊下の側にある一か所だけ。私達はそこに向かって歩いていることになる。

馬先輩を先頭に、し離れて明瀬ちゃん。そしてその後ろを私と矢野ちゃんが付いていく。矢野ちゃんが不安そうな聲で私に言った。

「放送は無いし、中庭は酷い狀況だ。避難の原則として校庭に行くべきだと思う」

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「校庭も似たような狀況かもしれないよ」

「そもそも何が起きているんだ。あんなの、まるで--!?」

一瞬だった。

私の目では黒い影としか捉える事が出來なかった。

廊下の角から突然飛び出してきた何かが、馬先輩を押し倒す。明瀬ちゃんの悲鳴の聲で、ピントの合わないぼやけた視界がようやく、「それ」が何であったかを捉えた。「それ」が何であったのか私は遅れて理解する。

先程まで目を離せなかった存在が、今、目の前にいるのだと。

赤黒く染まった制服の白いシャツ、紫に変した顔。黒く変し指の太さ程に腫れあがった管が皮から浮き出て、その脈が異様な早さを刻む。肩が大きく上下したれた息に言葉になっていないき聲が混じる。一目見ても異様な、人間離れした容姿となった男子生徒だった。

男子生徒は馬先輩の首筋へと、勢いよく噛みついた。一瞬の迷いもなく、躊躇いも見えず、その行に良心や常識といった観點が付隨していないように見えた。馬先輩の首筋に突き立てられた、人間の持つ決して鋭くはない犬歯が、不用ながらもあっさりと皮を裂き脈を破く。

磨り潰す様に歯が押し込まれ、皮が破けて首筋にが空いて。筋の筋の合間から白い骨が曬される。首筋のから粘度の高い赤いが「噴き出す」様に溢れ出す。

溢れ出したが、生徒の髪へ、シャツへ、二の腕へ、滝の様に零れていく。既に赤黒かったその下地に新たに赤いを塗りたくる。である筈のが、塊の様にして床に落ちて広がっていく。

その景に、私はこうとしても、聲を上げようとしても、何も出來ず。思考すらも固まって。

「んにゃろぉ!」

明瀬ちゃんが突然大聲を上げて、男子生徒の脇腹に思い切り蹴りをれた。蹴られた彼はしよろめいたが、そのまま明瀬ちゃんの足首を摑んだ。馬先輩の首筋から歯が離れて、が飛沫を上げて宙に弧を描く。男子生徒が言語になっていない唸り聲を上げると共に明瀬ちゃんの腳へと噛みついた。

食獣の如ききで、噛み付いたまま腳を思い切り引っ張った。明瀬ちゃんがバランスを崩して背中から倒れる。明瀬ちゃんの腳からが流れ出す。

「明瀬!」

矢野ちゃんが何処からか持ってきたモップを、思い切り彼の頭へと振り下ろした。鈍い音を立ててモップの柄が折れて吹き飛ぶ。折れた柄の先が廊下を勢いよくっていく。彼が痛がる様子はなかったが、きが一瞬止まった。

咄嗟に明瀬ちゃんが彼の頭を蹴った。足首を摑んでいた指が外れて、明瀬ちゃんが這うようにして抜け出す。彼は床に臥してき聲を這わす。

私が馬先輩の傍にしゃがみ込むと、先輩は激しい呼吸を繰り返し始めた。荒い呼吸が半開きの口かられて、大量の唾を照らす。その目は白濁し焦點が定まっていないように見える。

破けたワイシャツにはが染み込み始め、そのほつれた切れ端の先までも赤くなっていた。まみれの肩からった沢を返す出していて、私はこみ上げてくる吐き気を抑えるので一杯になる。

私は嘔吐を噛み殺そうと歯を食いしばり、歯の隙間から息をすりつぶす様に何とか聲を絞り出す。

「人を……呼んできます」

私の後ろで矢野ちゃんが息を呑んだ。冷や汗に背中をでられて、私は顔を上げる。目眩がした。

制服が塗れの生徒が一人、足をぎこちなく引きずり此方に向かって歩いてきていた。きの重心がかなり前のめりで、一歩足を踏み出すごとにつんのめる奇妙な歩き方だった。

何かを摑もうと両腕を上げているが、上手く力がらないのか真っ直ぐびきってはいない。言葉になっていないき聲を上げる口元は生乾きのが付著していた。彼の全を汚したは、返りの様に見える。

矢野ちゃんが何か言おうとしたのを、私は手で制した。生徒の白濁した瞳は、私達の言葉を聞きれそうにない様に思えた。理屈でも論理でもなく、彼は危険だと私は直する。

矢野ちゃんがモップで毆った男子生徒も、何事も無かった様にゆっくりと起き上がった。彼等の上げるき聲が二重になって、私は聲を絞り出す。

「二人とも逃げよう」

馬先輩が」

矢野ちゃんがそう言った瞬間、馬先輩のが激しく痙攣し始めた。橫になっていたそのが、突然、文字通り跳ね上がった。

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