《クラウンクレイド》『2-5・変異』

2-5

馬先輩のその目は白く濁り、聲にならないきを上げる。ぎこちなさを抱えて、奇妙なかし方で起き上がった。その姿は、件の彼の姿と大差なく。

馬先輩が私達へと真っ赤に染まった手をばし。私は咄嗟に明瀬ちゃんと矢野ちゃんの手を引く。揺した二人の反応を待たず、一気に科學室へと走る。思い切り二人の手を引いたまま、科學室のドアを蹴破る程の勢いで飛び込んだ。

二人の手を離すと、二人が姿勢を崩して科學室の床に転がる。私は直ぐにを捻って科學室のドアを荒っぽく閉じる。震える指先がドアノブを何度も引っ掻きながら、私はようやく側から鍵をかけた。

科學室のドアが大きな音を立てた。思い切りぶつかってきた衝撃で、鍵のかかったドアがしだけ隙間を作って震えた。ドアのガラス窓に、を吐きながらそのを押し付けてくる馬先輩の姿が見えた。

馬先輩だ、開けなきゃ」

「様子がおかしい、絶対変だよ!」

私がそうんで矢野ちゃんの肩を摑んだ。私の言葉に被さって、再びドアが大きな音を立てる。馬先輩と先程の生徒二人が何度もドアに當たりしていた。表からは意図は読み取れず、白濁した瞳は私達の姿を認識しているのかも分からない。

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ドアノブを回そうとするのではなく、何度もドアに當たりするのを繰り返している。當たりといっても、大きく助走をつけるのではなく、ぶつかってよろめいて、そしてそのまま再度ぶつかってくる、ということを続けている様なじであった。

私は矢野ちゃんの肩を引きながら、その場から後ずさる。立ち眩んで機に思い切り手を付いた。明瀬ちゃんが錯した様子で自分の髪をかきむしり、そうして短い言葉を苦々しく吐き出した。

「ゾンビだ」

「こんな時まで何言ってんだよ」

「じゃあ、あれ何なのさ!?」

矢野ちゃんの言葉に明瀬ちゃんが怒鳴り返した。ドアが軋み大きな音を立てる中で、私達は黙り込む。明瀬ちゃんの言ったゾンビという言葉は、今の狀況を陳腐ながらも端的に指し示しているような気もした。

私は制服のポケットの中にしまったスマ-トフォンを探す。矢野ちゃんが狼狽して落ち著きなく、それでも冷靜な言葉を探していた。

「誰かが助けに來るまでここで耐えるしかない」

「誰が助けてくれるのさ!?」

「先生とか、誰か警察呼んでるだろ! 私だって分かるわけないだろ!」

恐怖で錯転した為か、明瀬ちゃんと矢野ちゃんの言い爭いの聲はどんどん大きくなっていく。その二人のやり取りを見て、私は逆に自分が冷靜さを取り戻しているのが分かった。先程から呼び出しを続けているも返事がないスマ-トフォンを二人に見せながら割ってる。

「あんまり言いたくないけど、ゾンビ映畫ってのは……合ってるかも」

「禱?」

「110番に繋がらないよ、さっきから」

ドアが一際大きな音を立てた。傍から見ても分かる程を震わせて、私達は弾かれる様にしてドアの方を見た。鍵はかかっているものの、ドアの耐久には不安が殘る。こんな狀況など経験した事もなく判斷も付かない。

科學室の機は據え付けの長機で、椅子も座高の低いばかりしかなく、ドアの前に置けるものなど無かった。教室の隅のロッカ-は私達三人でかせる自信が無いし、科學室は整頓が行き屆いていて大きな荷の類もない。科學室には教員用の準備室が隣接していて、出り口とは反対側の場所に通用口があったが、その扉を開ける為の鍵がない。

科學室の鍵を持っているのは馬先輩である。映畫の様にはいかないものだと、私はを噛む。

「窓からはどうだろう。ベランダは無いけど、ここは2階だ」

矢野ちゃんがそう言った。校舎の壁を伝って降りていくのは無理だと私は思った。室外機やそのパイプの類などは校舎の壁には無かった気がした。矢野ちゃんは飛び降りる事を提案しているのだろうか。

矢野ちゃんが窓の外を見に行くと絶句していた。泣きじゃくる明瀬ちゃんが気にかかったが、私も窓の外を見に行く。

先程まで生徒が逃げい混の渦にあった中庭の様子は変わっていた。靜寂が戻りつつあった。びや嘆きや、そういった聲を上げる者はおらず、言葉になっていないき聲だけが靜かに満ちていた。

中庭のそこら中に生徒がを流して倒れていた。倒れた生徒に群がるのは、明瀬ちゃんが「ゾンビ」と呼んだ様な異常な様相の生徒達だった。「彼等」は倒れた生徒に顔を近づけ覆いかぶさっている。私は目を凝らす。

彼等はその口の端からを垂れ流しながら、倒れた生徒から何かを口で引きちぎっていく。

「まさか、食べ……」

そこから先を、矢野ちゃんは言葉にしなかった。その場にしゃがみ込み、まだ固形の混ざる嘔吐を床に広げる。あれは晝食に食べてたソ-セ-ジだな、と私はぼんやりと思った。覚が麻痺しているのは自分でも十分に分かった。矢野ちゃんの吐瀉した姿やそのに何も揺しなかった。加工済みので良かった、と方向違いな想を抱いた。

人に噛みつき、そのを喰らう。白濁した瞳で言語能力を失う。痛覚が無いような反応と、たどたどしいき。あまりにも、出來過ぎた様で、私は乾いた笑いが出そうになった。「ゾンビ」と形容するしかないじゃないか、と。

下に降りるのは、どんな方法であろうと得策ではないと私は改めて自分に言い聞かす。途切れなく続くドアを叩く音に、思考が纏まらなかった。

「みんな死ぬんだ」

明瀬ちゃんが嗚咽の混じった聲を上げた。私は明瀬ちゃんの側に近寄って、その肩に手を置く。そんな私の手を、彼の手が強く払いのける。

「明瀬ちゃん、落ち著いて」

「だって、私も噛まれたんだよ! 私もゾンビになっちゃうじゃん!」

「これは映畫じゃないんだよ、大丈夫だよ」

馬先輩だってそうなった!」

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