《クラウンクレイド》『2-6・決意』
2-6
私は別にゾンビ映畫というものに詳しいわけではないが、それへのイメ-ジの底には、噛まれた人間がゾンビになるというものが確かにある。
馬先輩が突然様子が急変したのは、「彼等」との接が切っ掛けになったように思えた。それは明瀬ちゃんが言う様に、ゾンビ映畫そのものの様で。
馬先輩が最初に男子生徒に噛まれ、その後私が話しかけた時には既に様子がおかしかった。怪我した事が理由だと思っていたが、あの時點で馬先輩ので異変が起きていたのかもしれない。いや、そもそも、本の原因が分からない。
考えが纏まらず、けれども自分の中で渦を巻く思考の中に引っかかるものがあった。整然とせず言語として纏まらない思考の中に、私の抱いた違和を説明できるものがある気がして。
馬先輩が変容したのは時間にしてどれくらいだっただろうか。男子生徒に噛まれてから、二、三分程度しか経っていない気がする。明瀬ちゃんが噛まれてから、なくともそれ以上の時間は経過している。科學室の壁にかかった時計を見た。時間は既に13時を回っている。
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目の前にいる明瀬ちゃんの容態に、「彼等」の様な兆しは見られなかった。けれども、それをどう、どんな風に順序立てて言葉にすれば良いのかが分からず、私はとっ散らかった言葉を絞り出す。
「でも、明瀬ちゃんはそんなに噛まれてないよ」
私の言葉に被せて、ドアがまたも大きな音を立てた。
鈍い音を立てながらドアの枠組みが、ひしゃげ曲がり始めていた。ドアの窓にもヒビがり、赤い飛沫が張り付いている。ドアの隙間から、彼等の聲も、そのの臭いも、部屋の中まで這い出してきている様で。
私の前に広がる地獄の様な景はドア一枚を挾んだだけで。それを叩き続ける彼等の塗れた手。私の背から聞こえる嗚咽混じりの悲鳴。隔てるのは頼りないドアは、現実と悪夢を切り分けてはくれなくて。
時間の問題だと思った。いやでも予と理解が出來た。そして、それを解決するような助けが來そうもない事も分かっていた。導き出される答えは、何度も自分に問いかけたとしても、一つだけで。
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一つだけ。
私に出來る事がある。
私はその解決方法を持っている。
それは大それた事ではない。けれども、なくとも、ドアを破ってってくるであろう彼等を退けることが出來る。それでも、それは人を傷付け、命を奪う可能のある行為だった。
本當に、彼等は今、人ならざるものになってしまったのか。彼等を傷付けても、本當に良いのか。彼らは本當にゾンビとでも呼ぶしかないのか。彼等には理がなく、私達に襲い掛かり、そして人を喰らうのか。
私が、いや私達が、何か勘違いをしているのではないか。何かを見誤っているのではないか。そう自問自答を繰り返しても、何度聞いてみても、彼等の様な存在を上手く認識するも方法も私達は知らない。
私は振り返り、床に座り込む明瀬ちゃんの方を見た。明瀬ちゃんは必死な様子で噛まれた方の左足の太を摑んでいた。その手には強く力がっていて、に爪先が食い込んで赤くなっている。その行為はまるで、傷からり込んだ何か悪いモノが、全に回ってしまうのを抑えようとしているみたいだった。その姿に、私は固唾を呑む。
浮かんでは消えていく決意を、元までこみ上げてくる言葉を、私は悩んだ末に口にする。
「二人とも今から起こる事、にしてくれる?」
私の言葉に明瀬ちゃんが不思議そうな顔をして、見つめてくる。矢野ちゃんは青ざめた表のままだったが、私の言葉に反応した。
「何か、方法があるのか」
「うん。ちょっとやってみたいことがあるんだ。だけど……」
私は言葉に悩む。明瀬ちゃんに私は問いかける。
「何が起きても、今までみたいに友達でいてくれる?」
「あったりまえじゃん」
私の問いにしゃっくりの混じった聲で明瀬ちゃんがそう答えた。強く頷いた。矢野ちゃんの返事をけて私は大きく深呼吸する。何をするのかは説明せずに教室の隅まで二人を下がらせる。
今にも破られそうなドアを正面に見據え、教室の真ん中の辺りに立った。自分の中で、鼓が早く強く激しくなっていくのが、嫌というほどじられる。
目を閉じる。目の前の狀況が分からなくなるのが怖くて、拒否するまぶたに強く力をれて視界に暗幕を下ろす。々な音が遠ざかっていき、代わりに自分の息遣いと脈拍だけが側から響いてきた。橫毆りにされた様にじる程、鼓がの中で激しさを増していた。深呼吸を二度繰り返し、口を開いた。
「闇より沈みし夜天へと、束ね掲げし矢先の煌」
思い浮かべなくても口をついて出る言葉。祖母に教えられて、意味すら分からず何度も唱えた言葉。諳んじる事が出來るまで、小さい頃に何度も練習をした。
それが、その言葉が、紡ぎあげるモノを私達は何と呼ぶべきか知っている。
それは私達の社會から、私達の世界から、いつの間にか姿を消したモノ。きっと、目の前で起きている事と同じ扱いをけるであろうモノ。けれども、それは空想上の産ではなく、それならば、それだからこそ、私は今こんな景を見せられているのだろうか。
この力があるならば、そんな奇跡を持っているならば、この世界にはゾンビだっているだろうと、私は神様から言われているのだろうか。
「狹間の時に於いて禱の名に返せ」
私達の世界は科學でり立っている。學校までのバスだって、蛇口を捻れば水が出るのだって、スマ-トフォンで畫を見るのだって、全てが系化された科學の産だ。
私達がゾンビなんていう存在を信じられないのは、科學でり立つ世界と生活の上で生きているからだ。科學は私達の世界を隅から隅まで解明していって、全てを數式と言葉で説明できる程にした。
そこから外れていったモノは、いつしか私達の世界から追いやられていった。科學という數式が存在しなかった時代において、説明が出來なかっただけのものだったと片付けられた。それは明瀬ちゃんが笑ったように、存在しないものとして私達の社會は片を付けた。
それがした痕跡だけが、形と舞臺を変えて語り継がれていった。例えば伽噺の中で、例えば映畫の中で、例えばゲ-ムの中で。科學で説明の出來ないモノを指す言葉へと変わり、夢語の象徴になった。
けれども、それは、本當は実在するのだ。社會の表舞臺から姿を消しただけで、その息吹は、科學に追いやられながらも世界の隅っこの方に殘っていたのだ。今、私の手の中にあるように。
「穿焔-うがちほむら-」
私達はそれを、「魔法」と呼んだ。
【2章・焔を掲げて/禱SIDE 完】
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