《クラウンクレイド》『3-1・魔

【3章・神様に見捨てられても/禱SIDE】

3-1

「穿焔-うがちほむら-」の名を告げて、私は右手を払う。

轟、と空気を震わせ、その一瞬で空気を焼いて。私の目の前で、空中で、火の手が上がる。炎が私の右手のきに吊られるようにして大きく揺らめいた。見えない松明があるかのように、炎はその勢いを緩めることはないまま何もない空中で燃え上がっている。

私達の世界は、科學の枠組みから外れたモノを「魔法」と呼んだ。それは伽噺の中で、創作の上で、夢語の象徴として、人々の間で語り継がれてはきた。けれども「私」が、「魔法」と呼ぶモノは、「魔法」という単語は、その意味が違った。

科學室のドアが派手な音を立てて開いた。銀の戸枠はひしゃげ、蝶番が床に飛び、金屬音をらせる。ドアが勢いよく外れると、押し留められていた彼等が、雪崩れ込むようにして教室へと転がり込んでくる。私へと向けられた彼等の手とき聲が、何重にも重なる。馬先輩の姿も、見知らぬ生徒の姿も、私の昂る鼓の前では最早何の意味も持たず。

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からを流し、その瞳からを失くし、言語を解せず、人を襲い喰らう彼等は、人だろうか。仮に、今の私が、未來で裁かれる時が來るとしても。

私には傷付けたくない人がいる。

「穿焔-うがちほむら-!」

その炎は空中で滾り、燃え上がり、そのを激しく震わせて。

私が思い切り右手を振り下ろすと同時に、その炎は塊となって勢いよく弾き出される。直徑30cm程の炎の塊が、空中を激しく燃やし盡くしながら、轟音を鳴らし真っ直ぐに飛翔していく。教室へ雪崩れ込み、そして向かってくる彼等へと直撃した。

それと同時に炎の塊は、天井まで屆く程の火の手を上げる。

彼等は燃え盛る炎に包まれながら、そのを焦がしながら、しかし尚も私の方へと向かってきていた。反応一つ見せずを焼かれる熱すら気に留めていない様子であった。火のぜる音がして、彼等は歩みながら、そのままその場に崩れ落ちていく。炎に包まれた彼等だったものは、徐々に黒く焦げた欠片へと変わっていく。炎がぜる音に混じって彼等のき聲が今も聴こえているようで、私は荒い呼吸を何度も吐き出した。灰の混ざった熱気が鼻腔を刺す。

私は今。人を、なくとも無機ではない何かを、焼き殺した。けれども、それに後悔だとか揺だとかは微塵もなく。

「ねぇ! 何いまの!?」

明瀬ちゃんの大聲に私は張の糸が途切れた。私が慌てて振り返ると同時にに強い衝撃をけ、バランスを崩した私は床に餅をついた。明瀬ちゃんが飛び込んできたようだった。明瀬ちゃんは私の肩を強く摑んで前後に激しく揺らす。

「どうやったの!? 何あれ!?」

「その、なんていうか。魔法かな……」

どう説明すれば良いだろうかと思いながら、私はゆっくりと言葉を選ぶ。

「私、魔の家系なんだ」

。言葉だけは今も殘り続けるも、伽噺の中に消えてしまった存在。

しかし、本當は違う。魔は実在している。そして今も、ひっそりと魔という存在は続いていた。

私の家系「禱」は代々、魔と才能をけ継いでいた。元を辿れば江戸幕府に関與していた天臺宗の「天海」の筋らしいが、どうもハッキリしていない。「禱」の苗字に変わってからの家系図も、二次大戦の空襲の際に焼けてしまったという。

禱家は宗教や呪の類で財をしたわけでもなく、その力を何かに使ってき歴史も無い。その不可思議な力と知識を、何に使う訳でもなく、ただ極け継いできただけである。祖母を除けば、人前で魔法を使うのも初めてであった。

「魔の家系!?」

「でも、おばあちゃんは普通の農家だったし、私の家も普通のサラリ-マンだし、魔っぽい事は何もしてないよ」

祖母は代々続く農家であったし、祖母は三人の子供を産んだが、男児しか生まれなかった。魔の才能はにしか発現しない様で、私の父は魔法について何も知らぬまま普通のサラリ-マンになり、職場で母と結婚した。父と母は偶然出會っただけで、母の家系は魔であったりもしなかった。故に私の父も母も、魔法とは一切の関りがない。が、「禱」の筋とやらは確かに魔と才能をけ継いでいるらしく、私には魔法の才能があった。

祖母は、私に魔法と魔についての知識を教え、私はその力と知識を何に使う訳でもなく魔法を習得した。

私の説明に明瀬ちゃんの表が、見るからに明るくなる。テンション高く私の肩を再度揺さぶる。

「凄い、凄いよ!」

「でも、別に何か凄い事が出來る訳じゃ」

「今みたいに火の玉とか出せるんでしょ! 他には!? 黒魔の薬とかは!?」

「私に出來るのは、火に関する事だけで……」

黒魔というべきか呪というべきか、そういう類のについても祖母は確かに知っていた。しかし、その殆どを私は教わっていない。薬草の調合だとか、怪しげな薬だとか、その殆どは民間醫療の水準程度であり必死に覚える程のではないらしい。祖母はよく、お醫者様に診てもらうのが一番良い、と言っていた。傷治しの薬草を調合するより、オロナインの方が楽と笑っていたものである。

魔法に関しても、炎を出せるからといって何に使うのだ、ということである。ライタ-で大概は間に合うし、今みたいに火球を撃ち出すを日常生活で使う場面もない。どう使っても警察沙汰にしかならない。これらを踏まえて私と祖母の推論であるが、例えば過去の文獻で語られているような魔法や呪の類は本當に存在していたものの科學の発展に伴って衰退していったのではないかと思う。事実、禱の家系に伝わる魔法の多くは文書が失われており再現できず、祖母も口伝で教わったものしか覚えていなかった。

私の説明を聞いて、矢野ちゃんが弱々しく笑った。

「あのゾンビも魔法に関係してるとかじゃないよな」

「それは無いよ」

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